第99話 帰郷③
久しぶりの我が家は、カーテンの色が変わっていた。それ以外は、匂いも含めて記憶と同じ。どこかほっとする匂い。
俺が生まれる少し前に新築したという実家は、全国的なハウスメーカー製の洋風住宅。いたって普通。特筆する点がない。しかし、それが我が家。何故か落ち着く俺の本拠地だ。
この重たいキャリーバックは、とりあえずリビングに置いておくことにした。中身のほとんどは、ここで消費されることになるし、何より担ぎ上げる元気は残っていない。
父さんから貰ったビニール袋を持って、さっさと自分の部屋に行こう。やはり、何だかんだ言っても1番落ち着くのは自分の部屋だ。
階段を上がって右手側の奥の部屋。そこが俺の部屋だ。
ビニール袋を持っていない右手で、ドアをスライドさせる。さすれば広がる懐かしの光景。
あぁ、見慣れた俺の部屋だ。思ったより綺麗なところを見るに、父さんか母さんのどちらかが、定期的に掃除をしてくれているのだろう。俺がいた頃は、こんな状態になったことはなかったぞ。
この部屋には、机と椅子は1組しかない。小学校に入学する時に買ってもらった学習机である。机に貼られた時間割は小学6年生のまま止まっている。
この机は、丈夫で良いものなのだが、その分重く、分解もできない。必然的にお洒落な空間を作ることは出来なくなってしまった。しかし、実家感が出るノスタルジーアイテムとしては優秀。今日ほど、これを処分しなくて良かったと思ったことはない。たぶんこの先もない。
その机の上にビニール袋を置こうとして、何冊か本が並べて置かれていることに気付く。表紙に載った女性は、妖艶な表情を浮かべている。本屋に並んでいたら、とてもじゃないが直視出来ない類の物だ。
「えっ!ちょ、ちょ!なんで、なんで、なんで!???」
反射的に体で机上を覆い隠す。誰も見ていないはずだが、体が勝手に動いたのだ。コレはここにあるべき物ではない。
誰にも見つからないようにクローゼットの1番高いところに置いた箱の中に巧妙に隠していたはず。コスモスフューチャーのダブりカードを詰め合わせた下にダミーの底を作っていたんだぞ。なぜバレた。
見つけたのは、まだ良い。だが、こうして目に付くところに並べて置く必要があるのか。こんなの現代の獄門じゃないか。誰がやったかなんて考えるまでもない。こんなことをするのは母さんしかいない。酷い酷すぎる。……でも、片付ける前にちょっと見ちゃおう。この誘惑には抗えない。
現在から見れば、メイクも髪型も一昔前と言わざるを得ない。それでも、当時のリビドーが湧いてくることを考慮すれば、かけがえのない財産であろう。ありがとう先輩。インターネットが身近になった時代に生きる俺達の世代であっても、コレには男の浪漫が詰まっていたよ。
いかんいかん、これを見るために帰ってきたのではない。とりあえず本は重ねて机の脇に置いた。キャスター付きの木製椅子に座り、ビニール袋からお菓子の箱を取り出す。
パッケージはリニューアルされているが、ビスケット生地にチョコがコーティングされた大ヒット商品である。以前、スーパーでこれが好きと言ってしまったが最後、家に常備されることになった。親の愛情を感じたが故に、その気持ちを無下に出来なかった。その結果、永遠に食べ続けることになったのは、また別のお話。
いかんせん、そんな事情もあって、東京に行ってからは買うこともなくなっていた。つまるところ、食べ飽きていたのである。こうして、数年ぶりに再会したものの手が伸びるかと聞かれれば、答えはノー。時代は巡り、次々に新商品が発売されるが、親の中ではいつまでも小さい頃の姿のままなのだろう。成長すれば味覚も変わるし、好みだって変わる。もう、お酒が飲める年齢なのだ。エイヒレだって美味しくいただけるのだ。
そうは言うものの、小腹が空いているのは事実。俺の隣で酒盛りしていたおじさんのせいなのは疑いようもない。せっかくだし、もらったお菓子をいただこう。このことも見透かされてる気がする。思い出の中とは異なるパッケージを空けて、1つ取り出す。そのまま口の中に入れると、甘いチョコの味が広がった。サクサクのビスケット生地も美味しい。中身のお菓子は記憶の中と寸分も違わない。体に糖分がいきわたるのを感じ、若干の空腹も満たされた。
気を取り直して、スマホの地図アプリを立ち上げる。流也さんに教えてもらった住所は、ここから車で20分程かかるらしい。残念なことに、この家には車が2台しかない。しかも、どちらも両親の通勤用だ。目的を隠したまま貸してくれるほど、親に甘やかされては育っていない。
ならばどうする?高校時代の愛車であるオレンジ色のスクーターは大学進学と同時に売り払ってしまった。残っているのは、整備されないまま放置されている中学時代に使っていたママチャリだけだ。心もとないが、あるものを使う道しかなかろう。自転車であれば、1時間もあれば着くと思う。
そうと決まれば、あとは心の問題だ。決行は明日。でも、その前にもう1度だけ咲良に電話をしておこう。繋がれば、今の思いを伝えられるし、繋がらなければ……。
明日、仮に会えたとして、拒否されるのであればそれは仕方がない。柳也さんの言葉を信じて、ここまできたが、突然押しかけてくる異性の友達など、傍からみれば恐怖でしかないだろう。それは分かっている。分かっているが、この昂った感情を見なかったことにはできなかった。せめて、納得のいく終わりを迎えたい。たとえそれが、独りよがりだとしても。
次回更新は、1月18日(水)の予定です。




