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第98話 帰郷②

 駅舎から出ると、目の前に広がる田園風景。肌寒く感じる空気。あぁ、帰ってきたんだ。


 こんな田舎にポツリとある新幹線だけが止まる駅。こんな場所に良く駅があるなと思うものの、ありがたくその利便性を享受させてもらおう。先人達の並々ならぬ努力の結果に感謝せねばなるまい。


 しかし、こんなに人がいない場所であったろうか。同じ駅で何人か降りた人はいたが、駅舎の中のお土産コーナーで足を止める人がいなかったことからして、皆地元の人なのだろう。


 さて、昨日の夜に実家に連絡していたから、迎えに来てくれていると思うんだけど。いくら見渡しても記憶の中にある両親の車が見つからない。

 まいったな。そう思わざるを得ない。ここから実家まで車で20分以上かかる距離なのだ。この荷物を持って徒歩で帰るなんて考えたくもない。下手したら不審者扱いだ。


 キャリーバッグを引きずって、少し離れた駐車場の方へ移動することにした。どこぞのVIPのように駅前に車をつけて待っているという考えがおこがましい。あそこにもいなければ、電話してみよう。……繋がらなかったらどうしようかなぁ。


 肩を落としてとぼとぼ歩いていると後ろからクラクションの音がした。振り返ると真新しい軽自動車が、こちらに向かってゆっくりと進んでいた。運転手は、ハンチング帽を被った中年男性。こうして、改めて見ると帽子を買わなかった判断は正解だったと思った。


「や、やぁ。おかえり」

「う、うん。ただいま」


 助手席の窓を下げて声をかけてきた男性。この気弱な感じ、間違いない。父さんだ。


 俺の父、北上清志(きよし)は愛妻家である。子どもの俺が見ても間違いない。酒が入るとやや饒舌になるが、普段はこのように気弱な感じのエコモード。口から生まれたような母さんとは、上手く釣り合いが取れていると思う。


 父さんの車は大きくてゴツい車だったように記憶しているのだが、随分と縮こまってしまった。これ、俺の荷物積み込めるのか不安になってしまう。


 父さんも同じ不安を持ったようで、ハザードを点けて停車した上で降車し、荷物の様子を窺っている。ハンチング帽に上は作業着、下はスーツ。なんだか不思議な格好だ。


「すごい大荷物だね。それ全部着替えなの?」

「いや……ほとんどお土産かな」

「へ、へぇー。気を遣わなくても良かったのに。帰ってきてくれるだけで嬉しいよ」


 照れくさいのか、後半は後部座席のシートを倒す作業に取り掛かりながらだった。息子としても面と向かって言われると体が痒くなる台詞だったから、正直助かった。


「さ、これなら積めるよ。ほら、貸して」

「あ、ありがとう」


 父さんは、俺からキャリーバッグを受け取ると重そうに車に積み込んだ。想像以上の重さだったのだろう。一瞬、表情が歪んだのを見逃さなかったぞ。それは言わないのが優しさか。


 促される前に自ら助手席のドアを開けて体を小さな車に押し込む。こうして、車に乗るのは柳也さんと買い物に行って以来だ。申し訳ないが、あの乗り心地と比べると天と地の差である。


「お待たせ。じゃあ、発進するよ」


 父さんも運転席に着いて、車がゆっくりと加速を始める。次第に窓の外の景色が、駅舎から田園風景に変わる。これから似たような風景が20分程続くし、幼い頃から見慣れた風景だ。話題になるようなものなんて何もない。

 久しぶりの父親との対面ではあるが、改まって話すほどの話題も持ち合わせてはいない。今更、「良い景色だ」とか「良い天気だね」とか「最近の世界情勢は」なんて話すような距離感でもない。いきなり車のことを聞くのも違う気がする。


「こっちにはいつまでいる予定なんだい?講義もあるんだろう?」


 無言の時間に堪え兼ねたのか、父さんが口を開いた。助かったような、むず痒いような。


「1週間くらいはいるつもり。講義は友達にお願いして、なんとかしてもらってるから大丈夫」

「……大丈夫なら、まぁいいけど。あんまり母さんに心配かけるんじゃないぞ」

「分かってるって。これでも真面目に通ってるだから大丈夫だよ」


 ここで「自分も心配だ」と言えないのが、父さんらしい。

 単位はいくつか心配にはなっているが、なんとかなるだろう。素晴らしき友情を信じようじゃないの。


「ふぅ……その様子だと。大学が嫌になったってことじゃないみたいかな?やりたいことやったら、向こうに戻るんだぞ」

「……うん。分かってるよ」


 父さんは勘が鋭いのか、こうした時に俺の心の内が分かっているような発言をする。決まって、俺が何かに悩んでいる時だ。

 だが、必要以上の詮索をすることはせずに見守ってくれるスタンスを貫くのは、俺としても動きやすくて助かる。今の大学に進学することを決める時もそうだった。


 間もなく、見知った我が家が見えてきた。記憶よりも少しだけ外壁が黒ずんだだけで、何も変わっていない。

 一時的ではあるが、数年ぶりの前線基地からの帰還である。


 敷地内に車は止まり、今度は自分で重い荷物を下ろした。文明の利器様々だ。和菓子を食べながら、そのことについて父さんと語り合うのも良いだろう。何かビニール袋を下ろしたようだし、きっと父さんも美味しいものを買っていてくれたに違いない。


「じゃあ、父さんは仕事に戻るから」

「えっ!」

「なに驚いてるんだよ。今日は平日だぞ。これでも、父さん大事な仕事任されてるから、1日空けると明日以降が大変でさ」

「え、いや、なんかごめん……」

「いやいや、そこは気にしないで。いち早く息子の顔が見られたと思えば頑張れるってやつ?ははっ」

「そこ、疑問形なんだ。可愛い息子としては、言い切って欲しかったけど」

「まいったな……その言い方母さんそっくりだ」


 父さんは、困ったようにも照れたようにも見える顔の右頬を掻く。


「19時頃までには父さんも母さんも帰ってくるつもりだから、夕飯は待ってて。お腹が空いたら、これでも食べててよ」

「うん、ありがと」

「それじゃ」


 忙しなくビニール袋を俺に渡すと、父さんは行ってしまった。あまり曜日を意識しない生活をしていたせいで、迷惑かけちゃったかな。


 車が変わった理由は、夕飯の時にでも聞いてみることにしよう。俺の予想では、母さんが1枚絡んでいる気がする。答え合わせが楽しみだ。

 次回更新は、1月15日(日)の予定です。

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