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第97話 帰郷①

 やはり、ハロファクは最高だ。初期のアイドルらしい曲も良いが、個人的には聴き始めた頃から始まったEDMの回答の方が好みだったりする。


 俺は今、新幹線に乗っている。外の景色は暗闇。こうもトンネルが続くと、うんざりしてくるが、イヤホンから流れるハロファクの音楽が俺の心を癒してくれる。


 家を出る時から1stアルバムから聴き始めて、今は4枚目に入ったところ。新幹線は既に福島県に入り、久しぶりの東北だ。ハロファクの歌詞をなぞって物思いにふける自分を演出したいところだが、隣の乗客がそれを許してくれない。


「くっちゃくっちゃくっちゃくっちゃ……げふぅ」


 始発から俺の隣に居座る細身の中年男性の酒盛りは続いている。スーツを着ているから、おそらく出張のサラリーマンだと思うのだが、今はスルメとカップ酒でよろしくやっている。まだお天道様は高い。

 音はイヤホンによって、ある程度は我慢出来る。しかし、目を閉じていても何を飲み食いしているか分かる強烈な臭いが俺を悩ませるのだ。


 いかんいかん。集中せねば。びっきーのラップパートを聴き逃してしまう。


『無邪気な笑顔 私以外に向けられるのが嫌で そっと背を向けた――』


 目を閉じて聴きいる俺の肩を叩くのは誰だ。まだ仙台にも着いてないぞ。


「ねぇねぇ、お兄さん」

「……なんすか?」


 右耳のイヤホンだけ外しながら、俺を呼ぶサラリーマンに応える。誰が見ても顔に不機嫌と書いていることだろう。


「お兄さんはどこまで行くの?」


 うっ、酒臭い。顔も赤いし、すっかり出来上がってるぞ。なんなんだ、このおっさんは。

 さっきまで山盛りだったスルメが綺麗さっぱりなくなっている。酒の当てがなくなって、俺に絡んで来たのか。


「もうちょっと先までっすねぇ。ははは」

「大荷物だったよね。旅行?学生さんかな?」

「学生ですー。用事があって実家にちょっと」

「羨ましいねぇ。おじさんはお仕事なんだよ」

「大変ですねー」


 誰か助けてくれ。嘘をつく余裕なんてなくて、本当のことを話してしまったことを後悔。俺の個人情報が漏洩してしまう。


「そうなんだよ。大人は大変なんだよ……うう」


 どうしよう泣き始めた。絡み上戸に泣き上戸。鬱陶しいことこの上ない。

 そんなに縋られても、俺はただの学生だぞ。


「お、お仕事大変なんですね」

「分かってくれるかい?本当に人使いが荒くてさ。この間もさ――」


 しまった。これは長くなるパターン。左耳に残していたイヤホンに集中して、適当に相槌を打っていれば勝手に満足するだろう。なんてったって酔っ払いだし。



『次は仙台、仙台。お降りのお客様はお忘れ物――』


 5枚目のアルバムが中盤に差し掛かる頃、仙台に止まる車内アナウンスが鳴った。いつの間にか宮城県に入っていたようだ。ここまで来ると帰ってきた実感が徐々に湧いて来る。


「あ、もう着いちゃうな。これからが良いところなのに」

「い、いやー。残念ですー」


 やった!解放される!


 サラリーマンの話を要約すると、度重なる不景気の波のせいで人手不足が常態化していて仕事が忙しいそうだ。今日は、出張中の部下の身内に不幸があったらしく、その仕事の引継ぎのために上司であるおじさんが駆り出されることになったらしい。出張続きで、それどころではないが「業務の都合上」という大義名分に翻弄されているようだった。社会って厳しい。


 何はともあれ、流石に出張のサラリーマンが俺と同じ駅で降りることはないと思っていたが、これほど早くお役御免になるなんてラッキー。


「いろいろありがとう。君の人生に幸せあれ」


 テキパキと後片付けをしたと思うと、かっこつけてそう言い残して去った。やたら素早い動きに驚いて返事を返せなかった。社会に出るって、ああいうことなのか?


 何はともあれやっといなくなった。隣の席にあったゴミもなくなり清々する。


「ん?」


 座席にぽつんと長方形の黒い板が落ちている。これは、もしや……。すぐさま手に取り混み合う通路を掻き分け進む。


 まだ新幹線は止まっていない。駅に着いてしまったら、渡す暇などないだろう。後で駅員に渡しても良いのだが、少しはあのおっさんに同情しているのかもしれない。


「ち、ちょっと、おじさん!忘れ物!」


 いち早く降車したい人達の列の中、先頭集団におじさんはいた。俺の呼びかけが聞こえていないのか、扉の方をぼーっと見つめている。もしかして、酔ったまま急に動いて気持ち悪くなっている?


「すみません、通してください」


 体を横にして、僅かな隙間を縫うように近づく。ここまで来た手前、必ず渡してやる。これは親切心ではない。意地の問題だ。


「おじさん!スマホ忘れてますよ!」

「ん?おお?ありがとう少年。これがないと目的地まで辿り着けないところだったよ……うっぷ」

「じゃ、俺はこれで。お仕事頑張ってください」


 もちろん社交辞令である。1ミリもそんなことは思っていない。これでお役御免だ。二次災害に巻き込まれる前に退散しよう。はー、すっきりすっきり。


「……なんですか?」


 腕を掴まれ振り向く。ため息の1つくらい吐きたかったが、周りの目もあるので、ぐっと堪える。いい加減、解放してくれ。


「本当に助かったよ……うっぷ。君、学生だろ?もし良かったら、一緒に働かないか?良い人材がいたら声かけるように言われてるんだよ……ううう」

「いや、そんな急に言われても……。まだ卒業する歳でもないですし」

「考えていてくれ。もし、受ける時はここに連絡をくれると嬉しいな……」


 おじさんは、名刺入れから名刺を取り出して裏に携帯電話の番号を書き記した。そのまま捨て置きたいところではあるが、1秒でも早く解放されたい俺は、一応受け取った。2度と会いたくないし、後で処分しておこう。


『ドアが開きます』


 いつの間にかホームに停車した新幹線の扉が開く。それと共に列を成していた人々が外へ出て行った。おじさんは、その流れに身を委ねる外へ押し流されていく。俺には、ただそれを眺めることしかできない。


 よっし!残り数駅のんびり座れる。平穏の素晴らしさを噛み締めよう。

 次回更新は、1月12日(木)の予定です。

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