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第96話 準備④

「げ……このパンツずっと入ってたのかよ」


 久しぶりに取り出したキャリーバッグに荷物を詰め込もうと中を開くと、こちらに引っ越してきた時になくしたと思っていた下着が出てきた。

 数年ぶりの対面に懐かしさが込み上げるが、これはまだ履けるのか?


 おそるおそる指先でつまみ上げて臭いを嗅いでみる。仄かに実家の匂いがするような気がする。ビジュアル的に茸が生えていないし、おそらくセーフだ。


 そのまま元の場所にポイッと放り込んで、この件は終了。準備していた荷物を次々に詰め込んだのは良いが、ここで1つ問題が生じてしまった。

 服も下着も実家にあるはずだから、最低限の荷物でパパッとすませる予定だったが、かんぱねらがもたらした嬉しい誤算が、俺を悩ませる。


「んー。カステラが入らないな。晩飯に食べちゃうか」


 カステラが入っている長方形の箱を左手に持ちながら、独り言を呟く。空いている右手で荷物をまさぐってみたものの、やはり詰めるスペースは見当たらない。


 ついさっきまでスカスカだったキャリーバッグの中身は、ほぼ和菓子。俺の衣類が緩衝材のようになってしまっている。これでは、地元で行商するために帰るのかと間違われそうだ。


 よく分からないが、笑いが込み上げてくる。鼻でフッと笑った。それ以上は、虚しくなりそうだからやめた。


 部屋に1人、友からの連絡もない。もちろん咲良からも。

 柳也さんにも何度か電話をかけてみてはいるが、1度も繋がらなかった。幸い留守番電話サービスがあったので、近況報告という名の決意表明をしておいた。半ばヤケクソだ。


 そんな確認のしがいがないスマホをテーブルの上に置いて、立ち上がる。そのまま祭壇へ向い、先日仲間入りしたアクリルスタンドを見つめる。


 うん。今日もびっきーは可愛いぞ!……違う違う。そんな普遍的な一般常識を確認するために立ち上がったわけじゃない。

 今、用があるのは祭壇に敷いているハロファク公式グッズのバンダナの下にある物。


 びっきー達を倒さないように慎重にバンダナを捲り上げて、名刺サイズのカードを取り出す。柳也さんと出掛けたあの日に貰った物だ。


 あの時は咲良の実家の住所だと思って受け取ったが、その認識では、半分間違いだった。気付かせてくれたのは紅麗奈さんの言葉だ。香澄さんの言動で裏も取れている。


 おそらく、ここに書かれた住所に咲良はいる。そして、彼女のおじいさんも。彼女に会うためには、ここに行く他に術はない。柳也さんが言っていたのは、きっとそういうことなのだろう。


 今は、この手がかりに縋るしかない。カードを財布に入れて肌身離さず持ち歩くことにした。唯一の手がかりだ。きっと役に立つはず。

 そして、ついでと言ってはなんだが、祭壇の裏に保管していたびっきーのアクリルスタンドを取り出す。ランダム販売されていたおかげで重複したいわゆる保存用ってやつだ。

 いくら早く帰って来られたとしても、明日、明後日と言う訳にはいかないだろう。両親に俺の本当の帰省する目的は伝えないつもりだから、心の支えになるものが欲しかった。

 そこで白羽の矢が立ったのが保存用って訳。びっきー見ていてくれ。俺はやるぞ!


 鞄を閉じて、これで準備万端。何か忘れたとしても財布とスマホがあれば何とかなる。今はそういう時代だ。


 ……はて、何か忘れているような。何せ久方ぶりの帰省。すっぽ抜けているものがあっても仕方がない。まだ水道が凍る季節ではないし、うーん……。

 いつもの行動を朝から思い出そう。起きて、歯を磨いて……学校に行って……学食で定食を食べて……7188に行って……バイト……店長……座敷童子……神通力……気付かない俺と岡崎君……はっ!それだ!


 早速スマホに手を伸ばして、着信の履歴を遡る。お目当ての人物を見つけて、すかさずタップした。確か今日はバイトだったはずだから、留守番電話サービスにでも吹き込んでおけば十分だろう。

 コール音が繰り返され、案内が始まるのを待つ。これが終わったら飯にでもするか。


『はい、岡崎っす!先輩どうしたんすか?』

「へっ!?あれ?今日シスト入ってなかったっけ?休憩中?」


 すっかり油断していた。この時間に電話に出るということは、休憩中か若しくは、いつものアレしかない。


『店長に代わってもらったっす!これからライヴ見に行くんすよ!』

「いやいや、この間も俺が代わってあげたばかりじゃん。まぁ、いつものことだけどさ。あのさ、ちょっとお願いがあるんだけどさ」

『なんすか?……あっ!合コンのお誘いっすか!?いやー、まいったなぁ。最近の先輩モテ期っすからね。俺にもお裾分けってことっすかぁ。パネェっす!でも、そろそろ出かけないとヤバイんで、手短に頼むっすよ』

「なーにバカなこと言ってんだよ……。しばらく俺のシフト頼むな」

『えっ?』

「店長には言ってあるから、じゃあ今日のところはライヴ楽しんで」

『ち、ちょ――』


 岡崎君が何か言いたげだったみたいだが、俺は通話を終了した。

 

 あまり彼を甘やかし過ぎても良くない。非常に心が痛む決断だった。……というのは建前。

 散々ピンチヒッターを買って出たんだ。ここらで、まとめて恩を返してもらっても(ばち)は当たらないはず。いざとなれば、店長が神通力でなんとかしてくれる。そう信じよう。


 さて、これで憂うものは何もない。カステラを食べてさっさと寝てしまおうか。

 おっと、開けたお茶っ葉がどこかにあったっけ。お湯を沸かしながら探そうっと。

 次回更新は、1月9日(月)の予定です。

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