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第100話 帰郷④

 部屋であれやこれやと考え込んでいる内に窓の外は暗くなっていた。いつの間にか帰ってきた母さんに呼ばれるまで気が付かなかったくらいだ。決して、例の本を熟読していた訳じゃない。どちらかというとコスモスフューチャーのコレクションを眺めていた方が時間としては占めていたと思う。やっぱりコスモガイは羨ましい。マニアの憧れだ。


「ちょっとー!降りて来なさーい!」

「はいはい!今行くって」


 これで呼ばれるのは2回目。そろそろ晩御飯の時間なのだろう。父さんから貰った懐かしのお菓子は、全て腹の中に入っているが、それとこれとは別物だ。夕飯時になれば自然とお腹が空く。人間とは不思議な生き物である。


 用をなさないスマホは机の上に置いて部屋を出た。ここでうだうだしていると、部屋に突撃されかねない。見られて困るものはあったのだが、既に発見されている。今更恥ずかしがることもないとは思うが、俺だって人並みの羞恥心くらいは持ち合わせているのだ。母さんに突かれる前に下に降りた方が賢い選択と言えよう。


 下に降りると母さんは、着替えもせずに忙しそうにパタパタと動いていた。急須が出ているから、今はお茶を入れようとしているようだが、それ以外に準備しているものはない。勝手に直ぐにご飯が食べられるものだと期待していたので、体がしょんぼりしていまった。

 そんな俺の様子を見て、母さんは笑う。そして、「お湯沸かしているから、沸いたらお茶入れてちょうだい。今に父さんも帰ってくるから。何か買ってきてくれるって」と言うと、今度は自分が階段を上がっていった。

 お湯を沸かすと言っても電気ケトルだ。吹きこぼれる心配はない。それにそれから生じる音が、しばらく待機時間が生じることを告げていた。

 

 生返事をして、ダイニングに置かれた椅子に座ろうとしたが、新聞紙が積み上げられていた。

 階段1番近い昔からの定位置。机を挟んで右側には父さん。左側には母さんが座る。その位置は、俺が大学に行ってからも変わっていないのだろう。俺の席が物置になっていることが、それを証明していた。

 2人の席を奪うわけにはいかないので、お客さんが来たときしか出番がない俺の隣の席に新聞紙を移動させて腰掛ける。やはり、定位置というのは落ち着く。これが縄張り意識というものなのか。


「ただいまー」


 ガサガサという音と共に父さんが帰ってきた。リビングに入ってきた父さんの手には、ビニール製の風呂敷とハンチング帽が持たれていた。この風呂敷の柄には見覚えがある。俺が大学に合格した日の夜も同じ物を見た。北上家における祝事の定番だ。


「お帰り」

「あれ、母さんは?もう車があったから、帰っていると思ったんだけど」

「着替えに行ってるっぽいよ。それより、それって寿司でしょ?なんか良いことあったの?出世?」

「こんな時期に昇進も何もないよ。久しぶりに清隆が帰ってきたから、美味しいもの食べさせたくてさ」


 そう言って、父さんも「着替えてくるね」と言って階段を上がっていった。


「父さん……禿げたなぁ」


 母さんの事前情報のとおり、前髪の後退が著しい。それで人格が変わることはないが、自分の将来を考えると少し落ち込んだりもする。

 悶々としたまま電気ケトルからカチッと音がしたのを合図に立ち上がり、お茶を入れるためにキッチンへ向かった。


「お寿司~素晴らしきマグロ~黄金のタマゴ~ららら~」


 茶葉を入れた急須にお湯を注いでいると、ラフな格好になった母さんが歌いながら登場した。途中で晩御飯の情報を仕入れてきたのだろう。かなり上機嫌だ。

 人数分の湯飲み茶碗をお盆に載せて食卓へ運ぶ。使う湯飲みもそれぞれ使うものが決まっている。父さんは渋い柄、母さんは何かのおまけで貰った物、俺のは中学を卒業する時に後輩から貰った球団マスコットキャラクターが描かれている物だ。


 そのうちに父さんが戻ってきて、風呂敷の中から寿司桶を取り出す。縁には雷様の持つ太鼓の模様が描かれている。間違いない。いつもお世話になっている(いかづち)寿司だ。お得なランチメニューがあることもあって地元では、それなりに名の知れた人気店である。

 内陸部であっても寿司屋は何店かある。いや、内陸部だからこそなのかもしれない。白い毛が混ざった親方が太陽よりも早く沿岸部の市場に買付に行っていると本人から教えてもらったこともある。それ故に「おじさん疲れちったよ」が彼の口癖なのだ。もちろん、寿司を握っている時にも出る。


 それぞれ思い思いに好きなネタを取って頬張る。巻物を中心に食べ進める父さんに対して、ウニだのイクラだの良いネタを遠慮せず食べる母さん。俺にとっては見慣れた光景だ。


「それでさ」


 満足するまで寿司を腹に詰め込み、お茶を流し込んだ母さんが口を開いた。その先は聞くまでもなく、俺に対する問いかけだ。


「今回はなんのために帰って来たの?大学休んでまで、こっちでしないといけないことってなに?」

「企業研究的な?そろそろ情報仕入れ始めないとさ。友達も動き出しているし。ほ、ほら!田舎の企業だとHPの情報が少なかったりするじゃん?」


 ついさっきまで考えていた偽の理由。我ながらもっともらしいものを考え付いたものだ。


「この辺の会社の合同説明会って冬でしょ?まだ秋じゃないの。ねぇ父さん」

「あ、うん。そうだね。今もそうかは分からないけど」


 しまった。昔、父さんがいた部署で、その仕事を担当していたことがあったんだ。だが、落ち着け。まだ、その説明会に行くとは言っていない。喉の辺りまで出かかっていたが、せっかちな母さんのおかげで助かった。


「中学の同級生が働いている会社があるから話を聞かせてもらうことになってるんだよ。ほら、同じ部活に遠藤っていたじゃん?そいつのとこに行くんだ」

「遠藤君って、実家が何かの部品の工場なんだっけ?結構大きい工場よね?」

「そうそう。電子機器関係のやつらしいけど、海外との取引も結構あるって話」

「ふーん。遠かったら車貸してあげようと思ったけど、自転車で十分な距離ね。邪魔にならないようにするのよ」


 これまたしくじった。そういうことなら、高校の同級生の木村君にしておけば良かった。


「じ、自転車って、しばらく使ってないと思うんだけど使える感じ?」

「健康のためにお父さんがこの間まで通勤に使っていたから大丈夫よ。最近は、寒くなって来たからやめちゃったけど。ね?」

「皮膚の露出が多いから寒くてさ。ははは」


 北上家に静寂が訪れた。父さん、それは笑えないよ。


 それから少しして、晩御飯の時間は終わった。最後の悪あがきも父さんの自虐ネタに持っていかれてしまったし、明日は予定通りに自転車の旅になりそうだ。せめて晴れるといいなぁ。

 次回更新は、1月21日(土)の予定です。

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