第93話 準備①
昼のピークタイムを過ぎた学食に俺はいる。午後1の講義がない俺達は、時間をずらしてお昼を食べたところだ。
今日のAランチは、鯖の味噌煮。家庭の味と言うより給食の味と言う感じだったが、これはこれでなかなか悪くない。
普段であれば腹も膨れたところで気ままな雑談タイムに突入するところだが、今日はそう言うわけにはいかないのだ。
いつもの面子がそろっているところで、ご飯でも食べながら今後の行動について話そうと思っていたのだが、切り出すタイミングを計っているうちに皆綺麗に食べ終えてしまっている。この機を逃すと流石に言い辛い。
「あのさ……」
覚悟を決めて、今後の行動についての考えをようやく口にした。それを聞いた2人の表情は対照的だ。望は驚き、大我は心配そうな顔をしたものの落ち着いている。想像の範囲内の反応をしてくれたおかげで、落ち着いて話せそうだ。
「どういうことだよ!?」
閑散とした学食に望の声が響く。遠巻きに座っていたグループが一瞬こちらを見たが、すぐに自分達の会話に戻っていった。
「どういうことも何も今言ったとおりだよ」
「実家に帰るって、親御さんに何かあったの?」
「いや、別にそういうのじゃないけど……」
紅麗奈さんが教えてくれた咲良の情報。彼女の気遣いを無駄にしないためにも俺は行動に移すことにした。そのための第1歩として、地元に帰る必要がある。
大切な学友である望と大我には、肝心な理由は伝えず帰ることだけを伝えた。だって、恥ずかしいじゃん?その結果、望は声を荒げ、大我には余計な心配をさせたようだ。
「じゃあ、なんでなんだよ」
「まぁまぁ、望も落ち着いて。夏休みが終わって、そんなに経ってないのに理由も無く帰省するなんて釈然としないけどさ、よっぽどのことなんじゃないの?」
「講義とかゼミはどうすんだよ?前に代筆したら教授にバレて俺が怒られたんだからな」
「それは……ごめんだけど……お願いします。このとおり!」
男子大学生のお願いポーズが炸裂する。可愛さは微塵もないが、必死さだけが伝われば十分だ。
「ちなみに期間は?」
「分からない……けど、1週間くらいかなぁ……たぶん」
「はっきりしないな。講義はまだしもゼミは誤魔化すの大変なんだぞ」
「そこを何とかっ!」
この中でゼミが同じなのは望だけ。今回の里帰りがどの程度の期間になるか見込みがつかない以上、彼の協力が不可欠なのはいうまでもない。
「望、なんとかしてあげたら?あの教授なら割とゆるいでしょ」
大我の後押しもあってか、望は腕を組んで考え込む。はっきり言って望が引き受けるメリットはない。もっと言えば、前回同様に教授から目をつけられる可能性すらある。彼は今期の単位次第では留年もあり得る身、悩むのは至極真っ当なことだ。女の子にうつつを抜かした結果だと言ってしまえば、それまでなのだが。
「うーん……分かった!引き受ける!ただし、何とかしてやった分だけ定食奢れよ」
「の、望!」
「え、えぇい!手を握ろうとするな気色悪い!」
思わず手を握ろうと手を伸ばしたが、全力で拒否されてしまった。いったいなぜ。
「ゼミは望に任せるとして、講義のレジュメは分担しようか」
「ありがてぇ……ありがてぇ……この恩は必ず返すから。大我も定食で良いか?」
「んー、どうせなら清隆の地元の名産的なやつの方が良いな。何が有名なん?」
「まだ時期が早いけど蓮根かな」
「……んじゃ、定食の方で」
「なんでだよ!蓮根美味しいんだぞ!」
「いや、好きだよ。ただちょっと調理の仕方が分からないと言うか、1人暮らしには荷が重いというか、別に嫌いとかって訳じゃないんだよ。うん。」
「せめて俺の目を見て言ってくれ……」
これは盲点だった。この世に蓮根が苦手な人がいるなんて思いもしなかった。蓮根美味しいになぁ。
「俺は報酬上乗せでもいいぜ」
そして、こいつは少し遠慮ってものを覚えるべきだ。そんなことを言える立場ではないから、口に出さないのが腹立たしい。
「分かった分かった。地元でテキトーにお土産買ってくるよ。その代わり頼んだぞ」
「了解。それでいつから行くの?」
大我は話が早くて助かる。その隣で「よっしゃ!」とガッツポーズ決めている男に爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。
「明日にでも実家に帰るつもり」
「本当に急だな」
「全部終わったら話すよ……たぶん」
「なんだよ、たぶんって」
「終わった時の自分の感情が想像できないんだ」
「なぁ、この話ってやっぱり、さ――」
「よしっ!今日の講義が終わったら飲みに行こうぜ!」
大我が何か言いかけたところで、望が立ち上がり声高らかにそう言い放った。またしても、他のテーブルのグループが何事かとこちらの様子を窺っている。
「ごめん、今日は遠慮させて」
「なんでだよ?帰るのは明日なんだろ?景気付けってやつだ」
「気持ちだけ受け取っておくよ。帰る前に行っておきたいところがあるんだ」
「そうかぁ?なら、帰ってきてからだな」
「そうしてくれると助かるよ」
こうして、無茶苦茶なお願いをしているのにも関わらず付き合いが続く関係というのは本当にありがたい。2人に対して友情というものを感じざるを得なかった。
「望、この間良い店教えてもらったって言ってたよね?そこにしたら?」
「良い店?」
「あぁ、そうなんだよ。ナンパした女の子が教えてくれたんだけどな、これがまた酒もつまみも美味かったんだ。えーっと、なんて店だったかな……」
望は胸ポケットからスマホを取り出して、何かを調べ始めた。女の子から聞いた情報はマメにメモしているのだろう。過去の経験から来るものなのかもしれないが、深く考えることはやめておこう。
「あったあった。もしかしたら、清隆は知ってるかもしれないけど、伊達青葉って店でな。宮城の話聞きながらなら丁度良いだろ」
「あ、あはは、そうだね……うん、帰ってきたらそこに行こう」
そこはよく知っている。約束を果たすためにも、胸の奥に刺さった棘を抜かなければならないのだ。そのための帰省、これからのための勇気。
結果がどうであれ、ここで立ち上がらなければ永遠に後悔することになる気がする。例えそれが自己満足と言われようとも、走り出した足はもう止められないのだ。
次回更新は、12月31日(土)の予定です。




