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第86話 クレーンゲーム④

 ふふふ。やはりびっきーと俺は運命の糸で結ばれているのだ。1度手からこぼれ落ちてしまったとしても、最後にはこうして俺のもとにやってくるのだから。


 息の上がった状態のまま急いで靴を脱ぎ捨てた俺は、その勢いのままテーブルの前に座った。そして、袋からアクリルスタンドを取り出し、慎重に開封の儀を執り行う。

 恭しくビニール袋の中からアクリルスタンドを取り出し、慎重に組み立てる。なかなか外れないからと言って力任せでは駄目だ。宝石に触れるように優しくしなければならない。


「おぉ……」


 びっきーがテーブルの上に立った。今、ここにいない本日のMVPに感謝せねばならないだろう。夜の部もMVPに選ばれると良いのだが。健闘を祈る。

 望に感謝することはこの辺りにしておいて、ハロファク三昧の準備をしなければ。今日はどのコンサートにしようかなっと。企業コラボの衣装だから映像化していないのは残念だが、逆に言えば、どれを見ても良いのだ。それもどの順番でも、どの曲からでも。選択肢が多いことは嬉しい悩みなのである。


 テレビの下の台に格納している映像作品集を前に頭を抱えるより先に、夕飯を決めてしまおう。気分も良いし、奮発して出前でも取るか。えーっとスマホスマホ。スマホはどこだ。帰り道、すっかりびっきーに意識が集中してしまって、どこに入れたのかも定かではない。

 思い当たるポケットを手早く叩いていくが、手ごたえはなかった。そうなると、通学用のリュックの中にしかないのだが、無造作に手を突っ込んでも、出てくるのは皺が付いたレジュメと折れ目が付いた教科書だけ。数冊取り出したところで、ようやく観念した。俺の負けだ。

 リュックの中を除くとそこは、不思議な世界。無造作に放り込まれた学習の跡が、幾重にも重なりあって地層を形成していた。その最下層にお目当てのスマホが取り込まれていた。歩いているうちに下の方へ落ちて行ってしまったらしい。


「あったあった。今日の夕飯は何にしようかな~。牛丼?ラーメン?ピザ?お寿司も良いな~」


 上機嫌っぷりが加速する俺は、リズム良く出前の品を口にして幸せに浸っていた。しかし、それは数時間ぶりに電源を入れたスマホの画面を見て反転する。

 着信の表示を見て息が詰まる。約1時間前、咲良からの着信が入っているではないか。


 俺は馬鹿だ。あれだけ待ち望んでいた咲良からの連絡に気づかずに浮かれ気分だったなんて。コール音が繰り返されるスマホを耳にあてながら、そう思わざるを得なかった。

 音に合わせて祈る。あのタイミングでしか咲良と繋がることが叶わなかったのであれば、後悔してもしきれない。何卒、何卒……


『……もしもし』

「……っ!」


 久しぶりに咲良の声を聞いた。間違いない。本人の声だ。待ち望んでいた展開なのに声が出てこない。正直、咲良が出るなんて思っていなかった。


『もしもし?清隆くん……ですよね?』

「そ、そうだよ。久しぶり。元気にしてた?」


 訝しる咲良に問いかけられて、やっと会話が成り立つ。聞きたいことは山ほどあったはずなのに、口から出たのは、何の面白みもない日常会話。自分が嫌いになりそうだ。


『……元気と言えば元気です。清隆くんはどうですか?変わりありませんか?』

「俺はいつもどおり元気モリモリって感じ。咲良も元気なら安心したよ。最近、なかなか電話もできなかったから」

『……すみません。実は宮城に来ていて。今は、母方の実家にいるんです』

「そ、そうなんだ。ご両親も一緒なの?」

『いいえ。私1人だけで来ました。おじいさんと両親が折り合いが悪くて……』

「へ、へぇー。じゃあ、あまり長居はしないのかな?いつまでそっちにいる感じ?また一緒に遊びに行こうよ」


 明るい口調で、ちょっとそこまで行こうよと言うように軽い調子で話す。電話に出た時から、咲良の声色が泥のようだ。嫌な予感がする。お願いだからいつもの調子で俺に合わせてくれ。


『……ありがとうございます。でも、私、もうそっちには帰らないと思います』

「え……」

『勝手ですみません。もう決まってしまったことなので……』

「ど、どうして?だ、大学はどうするの?」

『理由は……すみません。言えないです。大学の方は、少しの間は休学という扱いにしてくれるみたいです。私が反発しないようにだと思いますけど』

「また会えたりは?」

『難しいと思います。あ、でも清隆くんの実家も宮城県なんですよね?また、どこかで会えますよ。きっと。……こんな形で伝えることになってしまって、ごめんなさい。でも、本当に楽しかったです。ありがとうございました』


 返事はせずに唇を噛みしめる。本当にここでお別れするつもりなのだろうか。そもそも、俺達は付き合っているわけではない。こうして、連絡をくれただけでも喜ぶべきことなのかもしれない。そんな風に考えられたのなら、どれほど楽だったろうか。


 咲良と俺が過ごした時間は、こんな電話1本で立ち消えてしまうようなものだったのか?俺にはそうは思えない。咲良にしてもこんな対応をするような人間ではなかったはずだ。何かがおかしい。咲良が何らかの事情を抱えていることは分かるが、俺にそれを指摘するだけの材料も勇気も関係性もなかった。


「……お別れは言わないよ。また会えると信じているから」

『……ごめんなさい』


 潤んだ声と共に通話が終了した。電話をかけなおすこともメッセージを送る気力もなかった。放心状態とはまさにこのことを言うのだろう。それどころでないはずなのに、そんな考えに至ってしまい、自然と笑いが込み上げてくる。本当にくだらない人間なんだ俺は。


 用済みになったスマホをベッドの上に投げ捨てる。出かける元気もない。このままふて寝してしまおうと思い立ち、ベッドに倒れ込む。びっきーごめん。今日はお迎え会をすることは出来ないようだ。今日の記憶とアクリルスタンドが結びつかないことを祈る。それはあまりにも辛すぎる。



 どれくらい時間が経っただろう。眠りの浅瀬を歩いていると、スマホが震動している。咲良からかもしれないという淡い期待を持って飛び起きるが、表示は紅麗奈さんからの着信であることを示していた。

 落胆しては、紅麗奈さんに失礼なのだろうが、俺にとって咲良がいかに大きい存在だったのか思い知らされてしまった。

 それでも、今は、こんな俺に連絡をくれたことが嬉しい。


「はい、清隆だけど……」

『もしもし、明日のことなんだけど』

「あぁ、明日土曜日だったか……約束していた日だね」


 部屋に置いてあるハロファクの卓上カレンダーを見ると、明日は紅麗奈さんと遊びに行く約束をした土曜日であることを示していた。これがなくとも連絡してくれただろうか。


『きーくん大丈夫?何かあった?』

「……何にもないよ。寝てただけ」

『……分かった。じゃあ何も聞かない』


 察しが良いのか、それとも素直なのか。どちらでも良いが、詮索してこないだけありがたい。


「今日はどうしたの?」

『そ、そうだ!あ、あのね。明日の……デートなんだけど、11時頃集合で良いかな?どこかでランチ食べてからだと丁度良いかなーって』

「うん……そうしよっか」

『やった!楽しみ!』

「そうだね。楽しみにしてる」

『私も!じゃあ、また明日ね』

「うん。また明日」


 通話を終えて、少し体に力が戻っていることに気づく。我ながら単純な生き物だと思う。男の性のせいなのか。それとも、相手が紅麗奈さんだったからなのか。俺には分からない。

 だが、今は誰でも良いから会いたい気分だった。1人でいると良くないことばかり考えてしまう。こうして連絡をくれる紅麗奈さんが、女神に思えてきた。

 

 再びベッドに横たわり、瞼に逆らわずに眠りに落ちた。今度は深く眠れそうだ。

 次回更新は、12月8日(木)の予定です。

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