第85話 クレーンゲーム③
筐体の中には、ハロファクメンバー全員は揃っていない。おそらく、ここにある物が全てで在庫などないのだろう。したがって、ここで見逃したのなら、2度と出会えないということだ。
奇しくも望が推しているきりんちゃんさんのアクリルスタンドはなかった。諦めきれない望が、店員を探しに行ってしまってから随分と時間経っている気がする。
つまり、俺は今、孤独な戦いをしているのだ。周りに他の客の気配もなければ、サポートを期待できる店員もいない。その事実が、急速に精神を消耗させる。
時間の経過と共に次々と財布から硬貨が消えていく。しかし、その数だけ俺の元へとびっきーが近づいて来る。その興奮と焦りが混じった筆舌に尽くしがたい感情が、汗となって額に現れていた。
「……あぁ!く、くそっ!」
またびっきーが下に落ちてしまう。自分の推しを何度も落としてしまう罪悪感。この行為をファンにやらせようと企画した奴は真のサディストに違いない。
移動を支持するボタンの脇に積み上げていた硬貨がなくなり、すっかり軽くなった財布を取り出して小銭入れを開く。
ない。びっきーに貢ぐための銀色の硬貨がない。では、お札はどうだ。勢い良く開いて思い出した。ついさっき両替した千円札が最後だった。軍資金は尽きた。支援してくれる人などいない。孤立無援の俺が導き出した答え。それはATMにダッシュすることだ。
だが、ここで1つ問題がある。店員を探しに行った望が戻ってくる気配がないのだ。耳を澄ませど聞こえてくるのは様々な筐体から発せられる賑やかな音楽しか聞こえてこない。
今、俺をここに留まらせているのは友情という名の防波堤。この店内にいることは間違いない。早く彼を探さなくては。善は急げだ。
プライズのポジションを直している店員がいる。プリクラコーナーに急ぐカップルがいる。パンチ力を測定しているヤンキーがいる。大量のメダルを抱えている老婆がいる。店内を一回りしたが、望の姿が見当たらない。
まさか可愛い女の子を見つけて追いかけて行ってしまったのか。いや、まさか……あり得るな。望ならあり得る。電話をかけても繋がらないし、既にお熱が上がっている状態なのだろう。
「はぁ……」
望を探しにいく前に、もう一度だけびっきーを目に焼き付けていこう。とぼとぼとクレーンゲームコーナーの片隅へ向かう。
いつもこうだ。千載一遇のチャンスをふいにして、後悔ばかり。
あぁ、それにしても髪を下ろしているびっきーも可愛かった。是が非でもお迎えしたいところだが、資本主義の前に俺は無力だ。
筐体の中が目に入る位置まで近付いて、俺は異変に気がついた。思わず駆け出して両手で筐体を抱え込むように張り付く。
「いない、いない、いない、いない、いない……」
先程までいたはずの平筒菜美希がいない。この場を離れて、そう時間は立っていないはずだ。この少しの間に偶然びっきーファンが訪れてゲットしていったのか?胸がざわつき、血の気が引いていく。どうして神様はいつも俺を裏切るのか。
「なんだ清隆。ここにいたのか。探したんだぞ」
項垂れた俺に声をかけたのは、間違いなく望だ。いつもの調子で、「こっちが探してたんだよ!」と言う気力は残っていない。
「なんだ?具合でも悪いのか?」
「……そういうことじゃないんだけどさ。運命なんてないんだなって思ってさ」
「なに難しいこと言ってんだよ?そろそろ帰るぞ。女の子が待ってるんだ」
「……うん」
やっぱりそうか。少し目を離すとすぐにこうだ。本来の目的のことなど忘れて下半身に支配される男。それが望。その潔さ天晴。
心の涙を拭って、体を起こす。今夜はハロファクの映像で癒されよう。
「あ、そうそう。これやるよ」
「へ?こ、こ、こ、これ!どうしたこれ!」
見間違えるはずがない。筐体の中から姿を消したびっきーのアクリルスタンドが何故ここにあるのだ。
「保存用にやるよ。びっきーの在庫はあったみたいだな」
そうか、俺が取った後に店員が補充したと思っているのか。それにしても望の勝ち誇った顔が、さも自分の推しは人気があるから在庫切れと言わんばかりだ。
しかし、今はそんなことはどうでも良い。俺の手の中にびっきーがいる。その事実で全てを許そう。
「すまん……ありがとう望。俺、お前のこと誤解してたよ」
「何の話だよ?」
「いや、こっちの話だ。本当に嬉しいよ。ありがとう」
「そこまで喜んでくれると俺も嬉しいけどさ……。なんか変だぜ?」
「……銀河系最強に可愛いぜ。おぉ……たまらん」
不思議がる望を放っておいて、俺はもうびっきーに夢中だ。もし神がいるとしたならば、きっと望と同じ姿をしているのだろう。そう思わざるを得ない。
ただ、さっきの勝ち誇った顔がムカつくから、俺が入手出来なかったことは黙っておこう。びっきーを舐めるな。
さて、せっかく賜ったアクリルスタンドだ。無造作にリュックに放り込んで折れたりしたら、今度こそ立ち直れない。そう考えた俺は、近くにいた店員さんから袋を入手して、手から下げる。
望に不審に思われるかと思ったが、「リスクの分散か……」なんて、妙な納得の仕方をしていた。
結果として、望のおかげで心の栄養がフルチャージだ。人気アニメのプライズを抱えた親子に手を振るくらいには上機嫌。ここにきた時の死んだ魚のような目が、新しいおもちゃを与えられた子どもの目くらいに復活を遂げている。
本当なら、望とこの喜びを分かち合いたい。俺の家でハロファク三昧デーにしたいくらいだ。だからと言って、望が女の子を放っておいて俺に付き合うはずもない。それは、またの機会としようじゃないか。
駅に向かうと言う望とは、7188の近くで別れた。家路へと急ぐ俺は、道すがら何度も何度も袋の中を覗いては、びっきーの姿がそこにあることを確かめる。その都度、笑顔になるものだから、ずいぶんと気味悪がられたものだろう。
それくらい俺は感激していたのだ。スマホが繰り返し振動していることに気付かないほどに。
次回更新は、12月5日(月)の予定です。




