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第70話 夏祭り②

タイミングを逸してしまった俺の行く末はいかなるものか。如何なる切り口で攻めるべきか考えながら飲むコーヒーは味がしなかった。いや、俺の思考回路の8割は、目の前の麗しき女性の姿を記憶することで奪われてしまっていたのだ。到底、良いアイデアが浮かぶ状況ではない。褒めないからと言って機嫌が悪くなる人ではないことは分かっている。それだけにぱっと言えない自分に自己嫌悪。

 それに咲良が言いたかったことも分からずじまい。俺と同じように浴衣の話題についてのことだったと思うのは、流石に自意識過剰か。おそらく、屋台のことか今夜打ち上げられる花火のことだろう。


「そ、そういえば、俺って夏祭り行くの久しぶりかもなぁ。楽しみだなぁ」


 この空気に耐えられず、わざとらしく話題を切り出してみる。カップに入ったコーヒーも残りわずか。今は、なんでもない会話で軌道修正を図る時間だ。


「私も久しぶりですね。高校生の時に友達と行って以来でしょうか。こっちに来てからは、ここまで規模の大きい夏祭りって少し離れた街まで行かないとやっていませんでしたから」

「俺は、中学生の頃に行ったきりだから6年ぶりかも。あの時は、同じ部活の男達で行ってさ、くじ引きで誰が1番良い商品当たるかとか、バカな争いしたっけ」

「もちろん清隆くんが勝ったんですよね」


 悪戯っぽく笑う咲良。聞かなくても結果が分かっている顔だ。 


「結果はみんなで仲良く外れだったよ。当時の最新ゲーム機が1等だったんだけど、もちろん当たるはずもなく。末等の良く分からない玩具が当たってさ、遊び方も分からなくて困ったのは良く覚えてるよ」

「やっぱりそうですよね。小さい頃、家族で夏祭りに行くと兄が必ずくじ引きをやりたがって。ふふ、お小遣いを全部使ってしまったこともあったんですよ。もちろん、変な安っぽい玩具しか当たらなくて」

「うう……耳が痛い」


 俺も同じ経験がある。目の前に人参がぶら下げられていたら、全力で飛びつきたくなるもの。客観的に見ると、全くもってバカらしいが、幼い俺には1度昂った感情を押さえつける術を知らなかった。人参にありつけた子どもなんて見たことがなかったのに。


「そういえば、友達に花火が綺麗に見える穴場を教えてもらったんです。昔と打ち上げ場所が変わっていなければ大丈夫だろうって言ってました」

「その情報はありがたいな。商店街の人出見た?あれくらい人がいると人混みに流されながら見るしかないと思っていたよ」

「今日の人出は普段の倍以上ですもんね。それだけ、お祭りの復活が喜ばれているんですよ」

「じゃあ、そろそろ行こうか。移動時間も普段の倍以上かかりそうだ」


 俺達が席を立ち、会計をするためにレジに向かうと、にやけ顔の2人組が現れた。ここを待ち合わせ場所にした時点で確定事項の茶化しが始まる。それは甘んじて受けよう。確実に待ち合わせができる場所を提供してもらったと思えば安いものだ。


「それじゃお2人さん気を付けてね」

「あれ?それだけですか?」

「それだけってなんだよ。詮索するような野暮なことはしないよ」


 淡々とレジを打つマスターが少しだけ大人に見えた。実際、おっさんなんだけど。今日は俺の味方をしてくれるらしい。おかげで気力を消耗しないで済む。


「っていうか、夏祭りの日に浴衣姿の男女が待ち合わせしていたら、そういうことでしょ。わざわざ聞くまでもないって。いくら可愛いからって家に連れ込まないで、ちゃんと送っていきなさいよ」

「か、香澄!変なこと言わないでよ。もう!」


 香澄さんは我慢ができなかったらしい。顔を真っ赤にして反論する咲良と共に店を後にした。

 薄暗い地下通路には俺達しかいない。さっき言わずじまいだったことを伝える最後のチャンスだ。


「……あのさ、さっきのことなんだけど」

「へあっ!?お持ち帰りの話ですか!?」

「ん?7188ってテイクアウトやってたんだっけ?あーお祭りだからか。でも、そっちのことじゃなくて、さっき言おうとしたことなんだけど」

「あー!そっちですか!はい!なんでしょう」


 手で顔を扇ぐ咲良の視線は下を向いて、俺のものとは合わない。先ほどから小動物のような動きを繰り返していて大変可愛らしい。


「いや、その、あれだよ。……浴衣似合ってるね」


 可愛いとまでは言えない純情な男心。何気ない日常会話で用いられるであろう言葉さえも咲良に伝えるには、それなりの覚悟が必要なのだ。これでも勇気を振り絞った結果。成長の証なのだ。


「き、清隆くんも似合ってますよ」


 未だに咲良は目を合わせてくれない。いや、カウンターパンチにやられた俺が合わせまいとしているだけなのか。今、見つめ合ったら心の奥まで見透かされそうで。ここが地下で良かった。冷たい空気が、少しでもこの火照りを冷ましてくれるから。


 階段を上がって地上へと戻ると、どこからか和太鼓の音が聞こえてきた。2人きりの世界から戻ってきたことを実感し、俺の心は次第に落ち着いていく。

 あたりを見渡すと、今日のために商店街中に飾られた提灯にも明かりが灯り、いよいよ本番の様相を呈している。神社の方に向かって人が流れているようだ。


「みんな神社に向かうのかな?こんなにいたら、あの狭い階段ですれ違うのも大変だ」


 普段、俺が大学への近道に利用している神社は、由緒正しいところと比べるとこじんまりとした小さなものだ。到底、お祭りのメイン会場になり得る敷地はないし、街灯すらない場所なのだ。発電機を持ち込むしても、長い階段を人力で運ぶ他ないだろう。


「どうやら違うみたいですよ。ほら、あそこ」


 俺の心配は杞憂だったようだ。咲良が指さすとおり、人の流れは神社へ向かう階段の脇にある特設広場へ向かっている。俺の記憶では、荒れた空き地だったはずだが、今日のために整備したらしい。夏休み中にこの辺りを通ることがなかったから気づかなかった。ここまでするのも只じゃないだろうに。

 おばちゃんからもらったチラシでは、境内が会場になっていたはずだが、どうやら変更になったらしい。これだけの人出だ。その判断は正しい。というか助かる。


 広い会場には人人人。出店の看板の色も大変カラフルだが、それが目立たなくなるほどにそれぞれが自分をアピールするための服装に身を包んでいた。俺と咲良もここに来てしまえば、今日の格好がマジョリティーになる。


「清隆くん!どこから行きましょうか!あそこに焼きそば。あそこにたこ焼き。あ!あっちには焼きとうもろこしもあるみたいですよ!」

「……もしかしてお腹空いてる?」

「ち、違います!私は目に入った物をそのまま読み上げただけです!か、勘違いしないでください!な、なんですかその目は!本当なんですからね!」

「分かった分かった。じゃあ、焼きそばから行こうか」

「信じてくださいよー」


 腹ペコ咲良のためにまずは腹ごしらえだ。武士は食わねど高楊枝なんて言葉は、今の俺達には不要。食べたいものを食べる!それが若さの特権なのだから。今は体重計のことを忘れて楽しもう。

次回更新は、10月25日(火)の予定です。

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