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第69話 夏祭り①

「ほら!これでよしっと!」

「ふぐぅっ!」


 おばちゃんに背中をばちんと豪快に叩かれて着付けが終了した。

 そう、あの日柳也さんからいただいたプレゼントの中身が、この浴衣なのだ。藍色の落ち着いた色合いが、俺の渋い魅力を引き立たせてくれるはず。ありがとう!柳也さん!

 しかし、よくよく考えると帯や下駄といった類を一切持ってないことに気付いたのは、ひとしきり盛り上がった後。滑らかな生地感の浴衣を手に入れたものの、これでは宝の持ち腐れ。せっかくの柳也さんの厚意を無駄にしてしまう。

 悩んだ末に俺が頼ったのは、いつものようにかんぱねらだった。事情を話すとおばちゃんが温かく迎えてくれて今に至る。本当にお世話になりっぱなしだ。


「ありがとうございます。着付けだけじゃなくて、いろいろ貸してもらっちゃって」

「いいのよ。なんたって清隆の晴れ舞台だからね。つい、はりきっちゃった」

「晴れ舞台かどうかは分かりませんけどね」

「そうなるように頑張るのよ。お兄さんにこんな良い物いただいちゃったんだし。ほれ、背筋を伸ばしなさいな。よしよし、息子が何年か前に着た時のやつだけど、サイズが合ってよかったよ」


 七五三以来の和装。衣装が変われば印象も変わるもので、姿見に映った自分の姿は、ほんの少しだけ凛々しく見えた。これはなかなかイケイケのアゲアゲなのではないだろうか。ちょっぴり自信がついたぞ。


「あ、そうだ。写メ撮っとかないと」

「えぇ……」

「記念だから。笑って笑って」


 ここまでしてもらったお礼に1枚くらい撮られても別にかまわないのだが、いかんせん照れ臭い。結局、おばちゃんに言われるがままポーズを取って写真を撮った。「データ送ろうか?」と笑うおばちゃんの誘いを断り、玄関へ移動する。そろそろ咲良と約束した時間なのだ。


 かんぱねらの玄関は、店舗部分から見えない側面部にある。目立たない場所にあるが、和天井の立派なもので思わず目を奪われる。年季が入っているが、まだまだその魅力は衰えないだろう。

 おばちゃんに下駄を出してもらい、それを履く。あつらえたかのようにサイズがぴったりだ。


「じゃあ、おばちゃん。この恩は必ず返すよ」

「そう思ってくれるだけで十分だよ。そら、遅刻するよ」

「あ、やべ。行ってきます!おやっさんにもよろしく伝えててください!」 

「慣れない下駄なんだから、慌てるんじゃないよ!転んで浴衣に穴なんて空いたらどうしようもないんだからね!全く……忙しないんだから」


 俺は、おばちゃんの話を最後まで聞かずに玄関を飛び出したのは良いものの、履きなれない下駄では上手く走ることが出来ず、早々に諦めた。そこからは、気持ち早めの歩き方を心がけたつもりだが、歩幅も制限されている今の服装では、そう変わるものではないのだった。


 普段であれば、周囲から浮いてしまう今日の格好も、夏祭り当日であれば話は別だ。既に商店街には浴衣姿の男女が溢れかえっている。お面をつけている人やわたあめを食べている人、それぞれにお祭りを楽しんでいる。

 人の流れに身を任せ、集合場所の7188を目指す。あそこであれば、今日のような日であっても常連しかいないだろうし、マスターから平常通り営業していると聞いている。まさに打って付け。駅前や大学、神社で待ち合せようものなら1日かけても会えない気がする。


 やっとの思いでたどり着いたブティック脇の階段を降りると、案の定いつもどおり閑散としていた。骨董品屋の店主も大欠伸をして、地上の賑わいなど一切関係ないようである。そんな光景に安心して、ようやくひと息つくことが出来た。 

 7188の扉を開けると、これまたいつものようにカウベルが鳴る。今日の店内は、おばさま方の話し声に混ざってジャズの音が鳴っていた。


「いらっしゃ……おっ!きたね~。浴衣とは気合が入ってますなぁ。ふむふむ。いいねいいね」

「そういう香澄さんだって浴衣じゃないですか」


 客が俺だと分かると急にフランクな対応になった香澄さん。彼女も紫色の派手な柄があしらわれた浴衣を着て接客に勤しんでいた。ここにもお祭りの余波が届いていたらしい。


「あ、これ?これは店長の趣味」

「おいおい、人聞きが悪いことを言わないでくれよ。これは営業戦略なの」

「またまたぁ。そんなこと言ってるけど、視線がいやらしいんですけどぉ」

「い、いいから。早く彼を案内しなさいっ!」


 体をくねらせてから上目遣いで見られたマスターはたじたじになっている。香澄さんもまんざらではなさそうだ。なぜなら、からかうのを楽しんでいるときの顔をしているから。オーディエンスのおばさま方も生温かい視線を向けているように見える。しっかりと話のネタにしているようだ。

 そんなマスターは、なんやかんやと口では言うものの目線はばっちり特定の場所を捉えているところは年の功なのか。それとも、スケベ心が上回っただけなのか。個人的には後者だと思う。


「はいはい、1名様ご案内~。ささ、あちらでお姫様がお待ちですよ」

「俺のことまでからかわないでよ。コーヒー1つお願いね」

「はて、からかっているつもりはないんだけどなぁ。すぐにコーヒーお持ちしますから、楽しいお時間をお過ごしください」


 すっとぼける香澄さんの後に巨大なスピーカーが近い席へ案内される。そこに座っていたのは、お姫様。そうとしか表現ができない赤い浴衣姿の咲良だった。髪型はシニヨン。髪を上げていて綺麗なうなじが見えている。優しいピアノの調べが良く似合っていた。


「お、お待たせしました……」


 いつもと違う彼女の雰囲気に心が落ち着かないまま席に着く。自分でも口調が固くなっていることは分かっている。分かっているが緊張してしまったチキンハートがそうしろと命ずるのだ。


「いえ、私もさっき着いたばかりなんです。それよりどうしたんですか?なんだか元気がないみたいですけど」

「うぇ!?そ、そんなことないよ。元気元気、ははは」

「そうですか?なら良いんですけど」


 そうして訪れる無言の間。傍から見れば、音楽好きなカップルが聞き入っているようにしか見えないのだろうが、俺の耳には自分の胸の鼓動の高鳴りしか聞こえていなかった。


「「あ、あの!」」


 体を乗り出し、重なる声と声。お互いの言いたいことは分かっている。あとは、それを口にするだけ。


「……ちょっとタイミング悪かったかなぁ」


 物事には順序があって、コーヒーを注文すれば、それが運ばれてくる。それが道理だ。香澄さんがコーヒーカップを2つ運んできたのは、彼女の仕事を遂行しただけ。それだけなのだが、今だけは彼女の問いに頷かせて欲しい。

 次回更新は、10月22日(土)の予定です。

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