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第68話 郊外にて④

 来た時とは打って変わって、薄暗くなった高速道路を駆けるスポーツカー。俺が住む街まで後少しというところまで迫っている。膝の上には、今日の戦果。寂しいクローゼットの新たな住人だ。ここぞという時に着ると決めて奮発したが、今になって少し後悔している面もある。


「さっき食べた生姜焼き、少ししょっぱくなかったか?」

「そうですか?俺のはちょうど良かったと思いますけど」

「ご飯の盛りが良いから、その分濃いめにしてるのか。このサービスエリアの駐車場には、トラックも多く停まっているし。うん、そうかもしれない」


 そう言って、柳也さんは1人で納得している。これは、今しがた食べ終えた夕飯についての感想だ。券売機の上にデカデカと配置されたポップ広告で1番人気とされていたのが、今夜俺達が食べた豚の生姜焼き定食だったのだ。

 甘じょっぱいタレが絡んだ照りのあるお肉と玉ねぎ。そして、それを引き立たせるキャベツの千切り、味噌汁、山盛りご飯。そうそう、お新香は忘れてはいけない。シャキッとした歯応えとスッキリした味わいが、コッテリした口の中をリセットしてくれる。

 ひと口運んだら、後は目の前の物をひたすらに食うだけ。気がついた時には空になっていた。働く男も満足ってもんよ。


 満腹で重くなった体を車にねじ込んで、再び車は走り出す。辺りはすっかり暗くなって、隣に座る柳也さんの表情を読み取るのも難しい。

 しっかり夕飯まで奢ってもらってしまったので、せめてものお礼の缶コーヒーを渡したのだが、無糖よりも微糖が好みだったろうか。そんなことをぼんやり考えながら、コーヒーを口にする。やはりマスターのコーヒーの方が数十倍美味しい。しかし、これはこれでたまに飲みたくなるから不思議だ。

 

 ラジオから流行りの歌が聞こえてくる。最近、高校生の間で人気のシンガーソングライターだ。自分の住む街が近づくに連れて多くなる町の光を見て、まさに今のことを歌っているのかと、そう思った。

 



「すみません。ここまで送っていただいて」


 アパート前に停まった車の中で、俺は柳也さんに改めてお礼を言う。始まりはどうであれ、終わってみれば目的も達成できたし素晴らしい日になった。食費も節約できたし、万々歳ってところだ。


「構わないよ。運転するのは好きだからね。今日は、急に連れ出したのにありがとう」

「次回からは、前もって連絡いただけると助かります」

「善処するよ」


 あ、これ次回以降があったとしても急に連れ出されるパターンだ。まぁバイト以外の予定なんてそうそうないから、問題があるわけではないのだが。


「あ、そうだ。忘れるところだった。えーっと……はい、これ」

「なんですか、これ?」


 柳也さんが後部座席に手を伸ばして紙袋を取り出し、俺へと差し出した。困惑して受け取らないでいると「ほら」と紙袋を軽く振って急かす。観念して受け取ると、紙袋の中には綺麗な包装紙で包まれた何かが入っていた。


「君に似合いそうなのがあったから、買ってみたんだ。咲良と行く夏祭りの日にでも着てみてよ」

「いえ、受け取れませんって。今日、連れて行ってもらっただけでも十分ですから」

「俺に付き合ってもらったお礼だよ。今日はとても楽しかったからね」


 改めて紙袋をじっと見る。柳也さんの言葉からして、中身は衣服で間違いないだろう。今日のお礼には、いささか多すぎると思うのだが。


「それに君が素敵な人でも、それをアピールするためにはそれなりの衣装が必要だろ?もっとも、君の悩み事は咲良が気にするようなことではないだろうけど、新しい服は気持ちを豊かにするし、良い服は自信に繋がるから」

「り、柳也さん……!」


 どうしよう。柳也さんにときめいてしまった。彼にダイブするわけにもいかないので、代わりに紙袋を抱きしめる。すると、カサッと包装紙とは違う紙が擦れる音がした。

 不思議に思い、中を確認すると名刺サイズの紙が入っていた。そこには、実家の隣町の住所が書かれている。柳也さんをみると俺の推測が正しいと言わんばかりの表情で頷いた。


「いざという時、咲良が助けを求めたいのは僕じゃなくて君だろうからさ。伝えておかないといけないと思ったんだ」

「俺が使うタイミングがあったとしても、まだまだ先だと思いますけど」

「兄としてはそうあって欲しいけど、最近の若い子は順番がはちゃめちゃだからなぁ」

「どういう意味ですか……」

「冗談冗談。君と過ごしてみて、そんな心配は必要ないことは分かったよ。これからも、咲良のことを気にかけてやってくれ。あの子は胸に秘めた思いを誰にも語ろうとしない分、助けを求めるのも苦手でね。とにかくアプローチが不器用なんだよ。……約束してくれるかい?」

「約束するまでもないですよ。頼まれなくても俺がそうしたいから、そうします」


 柳也さんの目を真っ直ぐ見て、そう告げる。望でも大我でも香澄さんでも友達が困っていたら俺は助かる。だが、咲良さんを助けたいという気持ちはそれらとは違う。特別なのだ。柳也さんにはっきり言えるのは、彼の雰囲気がそうさせるのか。それとも、彼女の理解者としての振る舞うことに対する嫉妬心からなのか。それは自分でも分からなかった。


「それは、頼もしいな。じゃあ、くれぐれも頼むよ。改めて、今日は付き合ってくれてありがとう」

「いえ、また今度遊びに行きましょう」

「嬉しいなぁ。明後日から、また長期出張だから冬にでも行こうか」

「約束ですよ」

「ああ、約束だ。それまでに咲良との関係が進展したって報告が聞けると嬉しいんだけどね」

「……善処します」


 俺が苦笑いを浮かべて車から降りると、柳也さんは車内で片手を軽く上げて去っていった。次第に遠ざかるマフラーの音が聞こえなくなるまで見送ってから、家の扉を開けた。

 次回更新は、10月19日(水)の予定です。

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