第65話 郊外にて①
窓の外に俺の知らない風景がとてつもない速さで流れていく。まだ昼間だから、看板を頼りにおおよその現在地を把握できているが、これが夜だったら心細い思いをしていたことは、想像に難くない。
「どうだい清隆君?この車の乗り心地は?」
「最高ですけど、どこに向かっているんですかー!?」
「ふふ、ひ・み・つ」
革張りのシートに唸るエンジン。スポーツカーが風を切るように駆け抜ける。幼い頃に憧れた車に俺は乗っている。そこだけ切り取れば、良い思い出になる体験なのだが、状況は違う。
今朝、買物に出かけようとした俺の前に現れたのは、スポーツカーに乗った柳也さんだった。挨拶もそこそこにその場を去ろうとする俺の手を掴んで、車内に引き込むとそのまま高速道路へ一直線。
西へ向かっているようだが、目的地が分からない。すでにマイスイートホームからは、遠く離れてしまっている。相変わらずマイペースな人だ。
突然の展開に戸惑ったが、これはチャンスでもある。咲良のお兄さんということは、お義兄さんになる可能性があるということ。仲良くなる機会が飛び込んできたのなら、腹を括って掴み取るべきなのだ。
しかし、そう思った俺はもういない。今はただただ不安なのだ。彼が、可愛い妹の周りを這い回る害虫を駆除しようとしているとしたらどうしよう。目的地に待ち構えているものは何だろう。そもそもその目的地はどこだ。情報が少ないというだけでこうも心細いとは。先程から見えている海が怖い。
「なぁ清隆君。海にはもうクラゲがいると思うかい?」
「ど、どうなんでしょう?例年だとこのくらいの時期ですよね?昔、刺されて腫れたことがあるんですよねー。ははは……」
「海水浴をするにはもう寒いだろうね」
「そ、そうですね……」
海を見る俺の視線に気付いたのか、彼の言葉にギクリとする。
単なる社交辞令?それとも俺が気付いていない罪を自覚させるため?その笑みにはどんな意味が込められているんだ。目的地が海ということはあるまいか。
いや、これはジャブだ。本丸を攻めるための予備動作。本気であれば、今頃俺如き海の中。今に黄金の右腕が飛んでくるぞ。
「僕は泳ぐのが苦手でね。よく咲良に馬鹿にされたんだよ」
「そ、そうなんですね。柳也さんってスタイル良いし、運動はなんでもできるのかと思いました」
「それ、よく言われるよ。だけど、キャッチボールすらまともにできなくてさ」
「ええ!?そこまでなんですか!?」
「そこまでなんだよ。昔は恥ずかしくて隠してたんだけど、そしたら高校の時に学年対抗のアンカーにされちゃって」
「出来そうな感じってだけで選ばれちゃったんですか」
「驚くだろ?あの頃の僕らってノリだけで生きてたから、誰も止める人がいなかったんだよ」
「それで結果は?」
「もちろんダントツのびりっけつ」
俺達は、声を出して笑った。車内は朗らかな雰囲気に包まれる。まだまだ太陽は照りつけ、夏真っ盛り。たまには男2人のドライブも良いものだ。俺の不安なんて全て吹き飛んでしまったぞ!……なんて思っていた矢先、柳也さんが再び口を開いた。
「ところでさ。最近、咲良とはどうだい?上手くやってるかな?」
き、来た!本題!これを聞きたいがためのドライブということか。ここで下手なことを言ってしまったら、その辺で降ろされてしまうのだろうか。考えるだけで恐ろしい。
咲良との関係……自分としては上手くやれている……と思う。少なくとも前に柳也さんと会った時よりも仲が深まっている気はしている。だが、この場合の"上手くやっている"とは、何を指すのだろうか。友人としての付き合いではないだろう。それは、あの日の約束。俺の方から彼女に歩み寄れているかどうか……。
「どうしたんだい?黙ってしまったってことは、もしかして上手く行ってないのかな?」
「い、いや。楽しく過ごせていますし、仲良くはできていると思ってます。今度、夏祭りに行く約束もしたんです」
「それは良いことじゃないか。でも、声に元気がないみたいだけど、何かあったの?」
「……すごく個人的なことなんですけど、話しても良いですか?」
「どうぞ。良いアドバイスができるか分からないけど、せっかく相談してくれるんだ。力になるよ」
運転をしている柳也さんには見えないだろうが、俺は頷いた。
望とはベクトルが違うが、柳也さんもおしゃれだ。咲良と兄妹だけあって、清潔感のあるナチュラルなコーディネートが良く似合っている。幸い母さんから貰った軍資金もある。相談するにはうってつけのタイミングだと思った。
「実は持っている服が少なくて、咲良さんと会う時に何を着れば良いか分からなくなってきてるんです。いつも同じ服だと変に思われそうで……」
「なるほど……好きなブランドとかあるかな?」
「いえ、服のブランドってよく分からないんです。これまでの人生で、他所行きの服が必要になることなんて、ほとんどありませんでしたから」
「ふむふむ。じゃあ、こだわりはないってことだね」
「そうですね。ステージ衣装みたいな派手なやつじゃなければ……。昔からからあるやつを着るって感じでしたから」
「そうか!なら丁度良かったよ」
「えっと……どういうことですか?」
「これから行くところは、君の困りごとを解決するにはぴったりってことさ。ほら、見えてきたよ」
柳也さんに促されて正面を向くとフロントガラス越しに観覧車が見えた。その下には、巨大な建物がある。この敷地面積では、郊外に建てるしかないだろう。平日にも関わらず、駐車場は7割方埋まっているようにも見える。
そこはファッションと雑貨のワンダーランド。庶民の強い味方。アウトレットモールだ。
次回更新は、10月10日(月)の予定です。




