第63話 積み重ね③
日が暮れた頃、おばちゃんが「ご飯の支度忘れてた」と言って、慌てて帰ったのを合図にこの会も終わった。こうして母さんと肩を並べて歩くのはいつぶりだろうか。
中高生の頃から一緒に買い物に行くことすら恥ずかしくなって、出かけたとしても数歩先を歩いていた。今思えば悪い事をした気がするが、当時母さんが「歩くのが早くなったね」って笑顔で言うものだから、今更謝るのも違う気がするのだ。
「良いお店だったね!琴美ちゃんと連絡先の交換もしちゃったし……あっ!コーヒーも美味しかったわ」
「取ってつけたように言わないであげてよ……」
「ごめんごめん。美味しかったのは本当。マスターも愉快な人だったし、こっちの近所にもこういう店があればなぁ」
「周りにあるのは田んぼばっかりだしね。唯一徒歩圏内だった駄菓子屋も閉まっちゃて自販機だけだし。あとは、鈴木さんとこの自販機くらい?」
「それが、先月、鈴木さん家の前にあった自販機が無くなってて」
「……まじか」
田舎は自動車移動が基本。実家から1番近いコンビニまで片道4kmはあることからも、その必然性が窺える。中学生の頃、ジョギングがてら、少し遠くにある鈴木さんの家の前の自動販売機で飲み物を買うのがルーティンになっていた時期があった。
そこから撤去されてしまったということは、いよいよ旧駄菓子屋に残された自動販売機だけ。少子高齢化の時代、田舎からは若者がいなくなるだけではなく、娯楽も同時に減っていく。まさに悪循環である。
「ただいまー」
「それは俺の台詞じゃない?」
「何言ってんのよ。家賃だけは払ってあげているでしょ?なら、私の家でもあるのよ」
「おっしゃる通りです……」
すでに我が物顔で部屋へ入った母さんの後をとぼとぼ追いかける。この人には敵わない。
「あら、昼間も思ったけど、実家にいる時よりも綺麗にしているじゃない。やっぱり恋の力?ベッドの下にエッチな本も隠していないし……」
「な、なにしてんだよ!?息子の部屋に来て1番最初にすることじゃないだろ!?」
ベッドの下を覗き込んでいた母さんを引っ張り出して、座らせる。今時、紙媒体なんて古い……じゃなくて、積もる話的なやつはないのか。
「ごめんごめん。久しぶりに可愛い息子に会うもんだから、緊張しちゃって、何話していいか分からないのよ」
「……嘘でしょ」
「……ばれた?」
何年、あんたの息子やっていると思っているんだ。少なくとも人と話す時に緊張するタイプではない。ましてや、身内なら尚更だ。単に俺の弱点を突きたいだけに決まっている。
「そういえば、ご飯どうする。せっかくこっちに来たんだし、少し休憩したらどっか食べに行く?」
「この辺の美味しいものは、昨日、麻衣ちゃんのとこで沢山ご馳走になったし……」
「……麻衣ちゃんって誰だっけ?」
「私の同級生。初孫が産まれたって言うから、リフレッシュがてらお祝いに来たってわけ。私も自分の孫見たいわぁ」
「そういうのは、口に出した分遅くなるから言わない方がいいと思うけど」
俺とて意識していないわけではない。友達の中でも、立派な社会人になった人の中には、すでに結婚して子どもがいる人もいる。SNSで幸せそうな家庭を見る度に羨ましいと思うが、まだ焦る年齢ではない。
急かされた分だけ星の巡り合わせが崩れて、最良の出会いを逃しそうな気がするのだ。何の結果も示せない俺が口に出来ることではないが、時には優しく見守る姿勢も大切だと思う。母さんのお節介も優しさなのだろうが、今俺が求めているものではないのだ。
「難しい年頃ねぇ。あ、そうそう。ご飯久しぶりに私が作ってあげるわよ。大好きな玉子焼きもね。ちゃんとお父さんに教わって来たんだから」
「え?本当?それは魅力的すぎる」
「でしょ〜。近くにスーパーある?」
「家の前の坂を下って、突き当たりを左に曲がって100メートルくらいのところにタケダスーパーってのがあるよ。建物は古いけど、物は良いって話」
「その口ぶりだと普段行ってないみたいだけど、何食べてるのよ?」
「バイト先のコンビニのものとかー、学食とか、たまに自炊もするよ。一応ね」
「あー、だいぶ偏ってそうね。そんな食生活に体が耐えられるのも若い内だけなんだから」
「へいへい。気をつけますよ」
小言を言い終えた母さんは、玄関へと向かうべく立ち上がった。外は徐々に日が暮れてはいるものの、まだまだ明るい。この辺りの地理に明るくない母さんでも迷うことはないと思うが、案内係がいた方が良いだろう。
「私だけで買物行ってくるから、留守番してていいわよ」
「え?だって場所分かるの?」
「子どもじゃないんだし……それに、今はスマホもあるでしょうに」
靴を履き終えた母さんが、手に持ったスマホに表示された地図を俺に見せてくる。手帳型のカバーが付けられた最新機種だ。
「でも、この辺り意外とアップダウンあって、地図で見るのと違うぞ?」
「気を利かせて1人にしてあげるって言ってるの。留守番している間に咲良ちゃんに連絡しておくのよ」
「連絡って……まさかさっきのお祭り?」
「他に何があるのよ。それじゃあ行ってくるね」
パタンと扉が閉まって、いつものように部屋に1人になる。母さんがいただけで、一気に実家の雰囲気になるのは何故なんだろう。いやいや、ここは前線基地。俺がこの街で社会の荒波と戦う拠点なのだ。そして、今向き合うべきなのは……。
テーブルに置いたスマホに正座で向き合う。後は、これを手にして咲良に電話をかけるなり、メッセージを送るなりするだけ。
『夏祭り行きませんか?』違うな。硬すぎる。『夏祭り行かない?☆ミ』違うな。軽すぎる。『夏祭り行きませぬか2人きり』違うな。キャラじゃない。うーむ。なんと切り出そうか。
考え込んでいると突然スマホが振動して、メッセージを受信したことを告げる。不意を突かれて変な声が出そうだったが、ぐっと堪えて差出人を確認すると咲良からだった。
『今日はありがとうございました。清隆くんのお母さんに失礼なかったでしょうか?また今度遊びましょうね』
渡りに船とはこのことか。いや、見透かされているのかもしれないな。急に肩が軽くなったことに自嘲してから、メッセージの入力を始めたのだった。
次回更新は10月8日(土)の予定です。




