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第62話 積み重ね②

「ちょっと母さん!変なこと広めないでよ!マスター勘違いしちゃってるよ」

「私にはそうは見えなかったわよ。ねぇ琴美ちゃん。旦那さんもそう言ってたんでしょ?」

「そうそう。この間ここに2人で来たって旦那に聞いたし、間違いなくデート帰りだって言ってた」

「あ、あれはデートじゃなくて、割引券をもらったから――」

「年頃の男女が一緒に出かけてたら、それはもうデートなのよ」


 駄目だ。分が悪すぎる。口が達者なパワフルガールズに敵う見込みはない。下手に言い訳をしようなら、ますます術中にはまってしまうだろう。そうなってしまったら最後。真実ではないことまで自白を強要されてしまう。ここは余計なことは口にしないようにしなければ。


「ねぇねぇどっちから告白したの?」

「だ、だから、そういうことはないんですってば」


 おばちゃんの目が少女のように輝いている。いくつになってもこの手の話に対する興味は薄れないようだ。


「俺には分かるぞ。告白しないからと言ってカップルになれない訳じゃないもんな。海外にいた時はみんなそんな感じだったよ」

「ええ!そんなことあるんですか?やっぱり、告白と言えば景色の良い所とか、伝説のなんちゃらの下とかじゃないと。初めの一歩ですよ?双葉ちゃんもそう思うよね?」

「う、うーん。そこまでロマンチックなのはいらないと思うけど、やっぱり告白は欲しいんじゃないかなぁ。ほら、武士だって戦場で名乗りを上げるじゃない?それと同じよ」

「あー。なるほどね」


 マスター納得してるように振る舞っているけど、絶対分かってないやつだ。つまるところ、自分が如何なる人物かアピールしたうえで、交際に発展させるということなのか。「やぁやぁ我こそは貴女に恋した宮城の男。いざ尋常に勝負なり」的なやり取り……ではなさそうだ。


「でも、私はラブレター書いてくれたら胸がキュンと来ちゃうな」

「男には字が汚い人も多いけど、逆に印象悪くなったりしないですか?かくいう私も字は上手くなくて」

「それが良いんじゃないの。気持ちが大事なの。私のために頑張って書いてくれたんだなって思わせたらあなたの勝ち」

「確かにねぇ。教え子達が手紙を渡している場面は、たまに目にするけど、甘酸っぱくて見てるだけで若返りそうになるわ……。清隆もちゃんと手紙渡したの?いついつどこどこで待つみたいなやつ」

「その内容じゃ果し状じゃないか。ラブレターって、いつからあなたが好きでみたいなことを書くんじゃないの?」

「細かいことはいいじゃない。それで書いたの?書いてないの?」

「いや、だからそういう関係じゃないんだってば」

「じゃあ、好きなの?嫌いなの?」

「うぐっ……」


 その聞き方はずるい。もう答えが決まっていることを俺の口から聞きたいがための質問ではないか。マスターとおばちゃんの視線からも期待されていることが伝わってくる。もう逃げ場はない。


「そりゃあ……す、好きだけど」


 沸き立つオーディエンス。マスターは指笛まで鳴らしている。満足か!お前らこれで満足したのか!?


「まだ付き合ってないなら、そう伝えれば良いだけじゃないの。お似合いだと思うけど。あの子なら娘にしても問題なさそうだし」

「俺もそう思うぞ。香澄ちゃんからも話を聞くけど、良い子じゃないか。今時、なかなかいないと思うぞ」

「私は、その子とあんまり接点がないけどそう思うわよ」

「そ、そうかなぁ?」


 正直、みんなに煽てられて、その気になっている。あれもこれも、もしかしたら……という気になってしまうから、自分という人間が如何に単純なのか思い知らされる。

 しかし、こういう時こそ慎重にならなければならないのが人生だ。仮に告白に失敗したとして、次のチャンスはあるのか?答えはノーだ。運良く友達付き合いが続いたとしても、それ以上の発展は見込めないだろう。それどころか、好意を寄せていることが分かられている分、距離を取られる可能性が高い。

 少しでも憂いがあるのならば、足踏みするのが俺の信条。勇み足をして成功した試しなどないし、石橋は叩き割るくらいが丁度良いのだ。


「ま、人生の先輩の私から言えるのは、戦いもせずに逃した魚は大きく見えるってことだけね。それで人生を不意にすることだってあるんだから。父さんだって私が言わなかったらどうなってたことやら」

「えぇ……」


 両親は恋愛結婚だ。少し奥手の父さんに母さんからアプローチをかけたのは親戚の間で有名な話。父さんが根負けしたのか元々母さんに好意を持っていたかは本人のみぞ知る。こうして俺がここにいるということは、まぁそういうことなのだろう。


「いや、恋愛ごとにおいては割と聞く話だぞ。昔好きだった人が忘れられなくて、未だに心が満たされない人だって知っているし。やるだけやっていれば、案外、綺麗さっぱり忘れられるかも。当たって砕けろ!」

「……それって振られる前提じゃないですか?」

「アドバイスとして素直に受け取れって。意外と需要あるんだぞ。俺の人生相談って」


 様々な仕事を渡り歩いて来たマスターのことだから、その分経験も人の繋がりも多いことは間違いない。だからと言って、今の俺がマスターに相談できることがあるだろうか。単にマスターに頼りたくないだけなのか、それとも人に相談できるくらい内なる自分との対話が終わっていないのか。何が分からないのか分からない。何が正解なんだ?


「あ、そうだ。その子とこれに行ったらいいじゃない。さっき商店街の寄合で貰って来たんだけど……どこにしまったかなぁ。あったあった」


 おばちゃんが鞄から何やら紙を取り出した。本人はあまり興味がなかったのか、くしゃくしゃだ。


「数年ぶりにお祭りが復活するらしいみたいなの。この辺りは学生さんも多いから賑わうだろうって会長さんが張り切っちゃってねぇ。自分達が青春味わいたいだけのような気もするけど、よかったら行ってあげて」

「どれどれ……ここって大学近くの神社じゃないですか」


 どうやら大学への近道として利用させていただいている境内でお祭りが開催されるらしい。閑散としていてゆったりとした雰囲気が好きだったが、しばらくの間お預けになりそうだ。


「まだ候補地だけどね。恋愛ヘタレなあんたのことだから、流されるまま咲良ちゃんと遊んでるんでしょ?自分からデートらしいところに誘ってみなさいよ。喜ぶわよ……たぶん」

「せめてそこは言い切ってくれ……」


 数年前にお見合いを画策したことがあるし、とことん息子の恋愛事情を信頼していないらしい。今に見てろよ。心に火がついた俺は止められないぜっ!……たぶん。

 次回更新は、10月5日(水)の予定です

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