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第61話 積み重ね①

「せっかく来てもらったのにごめんね。本当に助かったよ。1人じゃあそこまで出来なかった。あのままだったら、母さんになんて言われていたことやら」

「清隆くんが種類ごとにまとめてくれていたから、なんとかなったんですよ。それに散らかってたとしても、あの素敵なお母さんがそんなこと言うんですか?」

「絶対言うね。人前では猫を被っているんだ。声のトーンが変わりすぎて別人かよ!って思うくらい」

「そこはうちの母も同じですよ」


 咲良の服は、家に来た時のものに戻っている。溜まりに溜まった洗濯物と一緒に洗ったものをコインランドリーで乾かしてきたのだ。子ども服カラーリングは見納めとなったが、やはり彼女にはこの服の方が良く似合う。

 夕方に差し掛かったとはいえ、まだまだ明るい商店街。親切に片付けを手伝ってくれた咲良を駅まで送る途中、俺達はたわいもない話をしていた。この時間が1番の癒し。1人だと長く感じる駅までの道のりもあっという間だった。


「じゃあ、私はこれで」

「この埋め合わせは必ずするよ」

「いえ、好きでやったことですから。それより、お母さんとの時間楽しんでくださいね」

「うーん。正直なところ気恥ずかしくて……今更話すこともないと言うか」

「近況報告だけでも喜ぶと思いますよ?」

「そういうもんなのかなぁ?」

「そういうものだと思います。お母さんによろしく伝えててくださいね!」

 

 そうして、咲良は改札へと消えていった。その姿が見えなくなるまで見送った後、俺は駅を後にする。気が重いが、母さんのところに行かねばならない。

 7188の場所を教えたのは良いが、『分かりにくい』と何度か電話が来て、その度に作業の手が止まってしまった。階段の目印としてブティックを教えると、その電話がピタッと鳴り止んだので、先教えれば良かったとちょっぴり後悔した。それでも、俺のお気に入りの喫茶店を知ってもらいたかった。言葉で伝えるのは気恥ずかしくても、行動で伝えられることはある。


 寄り道することなく7188を目指す。曲がり道も起伏もないなんの変哲もない普通の道だ。それでも咲良と歩いた道と同じとは思えないくらい長く感じた。数ヶ月前まで、それが当たり前だったと言うのに。


 道すがら、母さんに対する言い訳をあれやこれやと考えているうちに段々腹が立ってきた。

 おそらく、状況的に今日のお楽しみ会は、あの2人が共謀した俺と咲良を密室に2人きりにするイベントだった可能性がある。望がドタキャンすることは珍しいことではないが、香澄さんまでドタキャンするなんて、そうあることではないからだ。仮にそうでなくても仲が進展するチャンスを掴めた可能性があるビッグイベントだったのに、更なるビッグイベントが起こるなんて誰が予想できようか。

 母さんは昔からそういうところがある。友達と遊んでいる部屋に乱入して来たり、人生初デートチャンスの日に急遽家族旅行の予定を入れたりとその蛮行たるや枚挙にいとまがない。やはり許せん。


 今度こそ文句を言ってやると息巻いて7188へ向かう階段を駆け降りた。

 薄暗いいつもの通路。天井の照明が切れかかっているのかチカチカと不規則に発光を繰り返している。そのままホラー映画に使えそうな絵面だ。だが、その雰囲気とは裏腹に大きな笑い声が響いている。声の主は確かめなくても分かる。よく聞いた声なのだから。


 カランカランと入店を告げるベルが鳴る。店内に入るとその盛り上がりは自分の想像以上のものだった。いつからここは居酒屋になったんだ。


「お!主役のご到着だ。さぁさぁこっちに座って」


 マスターに先日と同じカウンターの席に案内された。隣には素敵なマダム達が並んで座っている。母さんとかんぱねらのおばちゃんだ。


「ちょっと、聞いたわよ。あんた立花さんに衣食住お世話になってるんだって?それなら、もっと早く教えなさいよ」

「私が好きでやっているんだから、そう責めないでください。それに双葉ちゃん。私のことは、琴美(ことみ)で良いって言ったじゃないですか」

「あらそう?琴美ちゃん。本当にありがとね。1人暮らしの男の子ってちゃんとご飯食べているか心配でね。うちのお父さんも単身赴任してた時は、そりゃあもう酷くて酷くて」


 主役が登場した割には、俺のいないところで話が展開していく。いや、展開が早すぎてついていけないだけなのか。まるでサーカスのような曲芸を披露するかの如く頭上で言葉が行き交う。俺は、それを眺めているしか出来なかった。お世話になっているのは食だけと訂正する暇もない。


「ほら、本日の主役君。いつものコーヒーだ。このお店、お母さんに紹介してくれてありがとな」


 馴染みの喫茶店のいつものコーヒー。あぁ、この匂いだ。そして、この味。いつもと違うのは、おばちゃんトークが立体音響で聞こえてくることだ。同じくらいの子どもを持つ親同士、仲良くなるのに時間はかからなかったのだろう。


「マスターすみません。いつも店をうるさくしてしまって」

「別に構わないよ。ジャズを売りにしてるわけでも、それを目的に来る人もほとんどいないしね。こうして、ここで暮らしている人達の憩いの場になった方が、先代達も喜ぶ」

「確かに最近、音楽聞いた覚えないですね。レコードを選ぶマスターの姿も見なくなりました」

「最近、腰が痛くて、選ぶのも大変でさ。香澄ちゃんがいる時にお願いしているんだ。今日はお休みだから、助かってるって訳」


 ママ友達の話は余生をいかに過ごすかにシフトしつつあった。今の時代、子どもが家に戻ってくるとは限らない。新しい生き甲斐について熱心に意見交換をしている。

 とてもじゃないが口を挟める様子ではない。大人しくコーヒーを飲んで、落ち着くのを待とう。


「それで、いつから咲良ちゃんと付き合うことになったんだい?」

「へぉぅ!?……げっほごほげほ」


 何かがおかしい。俺の知らぬところで、何かが勝手に動き始めている。この数日間でマスターの認識が変わった理由。そんなことは誰に聞かなくても分かっている。母さんだ。

 次回更新は10月2日(日)の予定です。

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