第60話 お楽しみ会④
「親に向かって、いい加減にってどういうことよ?」
「い、いやね。来られなくなったって言ってた友達が遊びに来たのかと思ってさー。あはは」
「あははってなにさ。とにかく、中に入れてもらっていい?もう母さん暑くて暑くて」
真夏。キャリーバッグを引きずってここまで来た母さんの喉は干上がっている。それは理解しているが、今、この家には咲良がいる。絶対に面倒臭いことになるに決まっているんだ。
「……なんで邪魔するの?部屋が汚いとかなら母さん手伝ってあげるから」
「いや、あの、その。と、友達が遊びに来ていてさ。急に来るなんて思わなくて」
「そりゃ、あんたが夏休み中も帰って来ないって言うから、こっちに来たついでに様子を見に来たんじゃないの」
「心配してくれるのは嬉しいけど、今じゃないって言うか、なんというか」
「大丈夫?さっきから様子が変だけど。いいから家に入れなさいって。お友達が来ているなら、挨拶くらいさせなさいよ。あ、これよろしく。今夜、泊まっていくから」
「あ、ああ、ちょっと。待ってってば!」
渡されたキャリーバッグにまごついているうちに母さんの侵入を許してしまった。今の咲良の格好を見られたら、間違いなく勘違いされる。厳しい親ではないが、俺のせいで彼女が嫌な思いをしてしまうようなことにならなければ良いのだが。急げ俺。母さんが変なことを口走る前に。
「――あら、そうなの!?うちの清隆がお世話になってー」
「いえいえ、そんなことないんです。私の方こそ、清隆さんにはお世話になっていて」
部屋に戻ると『ぺこぺこお世話になってます大会』が既に始まっていた。母さんの声のトーンがいつもよりも高い。いつもながらまるで別人だ。Tシャツ姿だった咲良は、どこから見つけたのか俺の服に着替えていた。この時期には暑いパーカーと部屋着のジャージ。メンズ物をゆったりと着こなしているが、いかんせん色合いがチグハグだ。よく言えばストリート系。悪く言えばお下がり感が強い。
「ちょっと、こんな可愛い彼女がいるなら先に教えておいてよ。そしたら、母さんもっとおめかししてきたのに!」
「か、彼女じゃないし!と・も・だ・ちってさっきも言ったでしょ!」
咲良は両手を頬に当てて俯いている。母さんは「あらあらまぁまぁ」と満足げだ。咲良にいくつか質問をして、同郷だということが分かると更に口角が上がった。皺になるぞ。
「お邪魔しちゃ悪いから、どこかに行ってるわね。清隆、荷物預かってて」
「それは別に良いけど……。どっか行くあてでもあるの?」
「駅前に何かしらあるでしょ。来る途中にもお店あったし」
「あの、久しぶりの親子の再会でしょうし、私帰ります」
「それはダメです。突然来たのは私の方なんだから、順番ってことで。ね?」
歳がバレそうな一昔前のアイドルのような動きで下手くそなウインク。恥ずかしいから自重してほしい。それに友達の親にそう言われてしまったら、引き下がるしかないだろうに。
「それじゃ、ちょっとだけ待ってて。母さんのことそこまで送ってくるからさ」
「こんな息子だけど良い子だから、ゆっくりしていってね」
親の前で彼女の名前を呼ぶのが、自分が好きな人を暴露するようで気恥ずかしい。だから、あえて名前は呼ばない。両手で背中を押して外へ出た。母さんに顔を見られなくて都合が良い。
「もう……そんなに押さなくたって良いじゃないの」
再び2人きりになったことで、声のトーンが他所行きモード系から自宅モードへ切り替わる。まるでカメレオンのようだ。
「16時頃に7188って喫茶店に集合でいい?後で場所は送っておくから」
「はいはい。それより、さっきの子!咲良ちゃん!あんた逃しちゃダメだからね。ちょっとファッションは個性的だけど良い子そうだし」
「逃すって……獲物じゃあるまいし」
「男は時に獣になる時も必要なんだから。そう……あれは19の夏。まだ付き合いたてだったお父さんったら、大胆に私の――」
「やめやめ!子どもになんちゅー話をするんだよ」
「あら、清隆にはまだ早かったかしら?」
早いとか遅いとかそういう次元の話ではない。ラブラブなのは良いことだが、子どもとしては言葉に出来ない嫌悪感のようなものを感じる。せめて、もう少しマイルドな表現をお願いしたいものだ。
「それじゃ、母さん行くけど、さっき言った通り今夜泊まるつもりだから、よろしくね」
「ええー。駅前にホテルあるだろ?」
「ええー。じゃないの。節約できるところはしないと」
この歳になって親と同じ部屋に寝るなんて、嫌という感情しか湧いてこないのだが、学費を負担してもらっている身としては断れるはずがない。それはそうとして、どうしていつもひと言言ってくれないのだろうか。まるで抜き打ちでベットの下のエロ本を探されているようだ。
母さんを見送り部屋に戻ると咲良は俺のところに駆けてきた。一瞬だけ「俺がいなくて寂しかったのか?」と聞こうか迷ったが、取り返しのつかないことになりそうなので、すぐさま引っ込める。彼女の表情から、それを求めていないことが明白だったからだ。
「私、変じゃありませんでしたか?お母さんに幻滅されていないか不安で……」
「大丈夫大丈夫。心配ないって。あー、ちょっとファッションが個性的って言ってたかな?」
「やっぱり変ですよね。すみません。清隆くんとお母さんのお話が聞こえて来て、慌ててクローゼットから服をお借りしちゃいました」
くるりと一回転して、パーカーの裾を持って広げたり。改めて自分の格好を見て笑って見せる。改めて見ても変で可愛らしい。
「子ども服みたいな配色で可愛いと思うよ」
「もう!そうやって馬鹿にして!クローゼットの中に飾ってあった私の絵、持って帰っちゃいますからね!」
「ええっ!それは困るよ!」
着替えの度に笑顔にさせてくれる魔法のアイテム。咲良との思い出。それがなくなってしまったら、日々の生活の道標が失われてしまう。それは、この街から彩りが失われるほどの大きな損失。なんとしても阻止せねば。ここは、伝家の宝刀、必殺話題変更を使うしかない。
「さ!さ!仕切り直し!せっかく来てもらったんだし、ポレー食べちゃおっか」
「やることが出来たので、それはまた今度にしましょう」
「え?やることって?」
「すみません。盗み聞きするつもりはなかったんですが、お母さんが、家に入られた時に今夜泊まっていくとおっしゃられていたので……。そうであれば、ちょっとは片付けておかないと。その、寝るスペースがちょっと。清隆くんだけで片付けるのも大変でしょうし」
慌てて片付けた部屋は、見えないところにゴミや荷物が隠されている。もちろんクローゼットの中もひっくり返したおもちゃ箱同等の状態だ。咲良は、先程のお風呂場にあった袋のこともあって、この家の状態を察したのだろう。正直、助かる。小言の1つや2つは覚悟していたところだったのだ。
「さぁ頑張りましょー!夕方までには終わらせますよ!」
「お、おー」
やけに張り切っている咲良との共同作業。こんなお楽しみ会は全く想像していなかった。
さて、母さんに咲良のことを根掘り葉掘り聞かれることは確定したのだから、それに対する想定問答は用意せねばなるまい。こちらも夕方までに時間がある。考えろ。考えるんだ煩悩小僧。動きやすいように髪をひとつ結びにした咲良に見惚れている時間はないぞ。
次回更新は10月1日(土)の予定です。




