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第59話 お楽しみ会③

「本当に申し訳ありませんでした!」


 シャワーを浴びて俺のTシャツをワンピースのように着こなす咲良に対して、全力の土下座を披露する。黄金長方形の如く完璧な比率だ。ここぞという場面で俺の力は発揮される。磨き上げられた匠の技だ。


「とりあえず顔を上げてください。さっきは、その……驚きましたけど、私も不用意なところはあったので」


 優しく語る咲良に促されるまま顔を上げる。良かった。その表情から怒りの感情は読み取れない。濡れた髪とほんのり紅く染まった頬。思わず見惚れてしまう。


「私のことを心配して来てくれたのは嬉しかったんですけど。ノックくらいしてくれても良かったかなーって」

「そ、それは、その、えっと……」


 あ、これ怒っているやつだ。そのことに気づいてしまうと、彼女の笑みの裏側にある感情が恐ろしい。


「それに瓶と缶は分別しておかないと、捨てる時に返って面倒くさくなるんですから!」

「おっしゃるとおりです」


 慌てて片付けたものだから、洗っていないそれらの祭りの後。この時期、後回しにすればするほど臭いも強烈なものへ進化する。今回の件については、俺が全面的に悪い。彼女の言葉は全て肯定せざるを得ない。体を丸め更に小さくなる。


「まぁ、過ぎたことですし、今回はこれで終わりにしますけど……気をつけてくださいよ!」

「えっ!?」


 ばっと顔を上げるとやれやれと言わんばかりの咲良と目が合った。偶然とはいえ、この世の理を捻じ曲げる大胆な行為をとった俺を赦すと言うのか。信じられない。そんな気持ちが表情に出ていたようで、見かねた彼女が続ける。


「なんですか?まだ何かやましい事があるんですか?」

「ありません……」


 やましい気持ちで見た事がないと言えば嘘になるが、それは俺の心身の自由。行動が伴わない感情は、やましい事ではないのだ。ちょっとだけ自信がないから小言になったけど。


「じゃあ、お菓子食べましょ!私の好きなポレーの期間限定味が出てたので買ってみたんです!あ、果物苦手だったりしますか?」

「いや、苦手とかではないけど」

「さぁさぁ早く早く。ポレーが逃げちゃいますよ」


 お菓子が逃げることはないが、対応を間違い続けると彼女が逃げてしまいそうだ。そんなことが頭をよぎり、足早にテーブルに向かい合って座り直した。


 ポレーを販売しているのは国内大手の食品メーカー。主力はもちろんお菓子。ビスケット生地にチョコをまとわせたシンプル故に最強の黄金タッグに魅了された人は数知れず。近年は、定番以外にも変わり種を出していて、イチゴ味、黒糖味は品切を起こすほど人気だった。周りでは不評だったけど、去年の黒胡麻坦々味はなかなか美味しかったなぁ。

 咲良が袋から取り出したのは、桃をイメージしたピンク色で可愛らしいパッケージだ。このおしゃれさが海外で受けて、コレクターもいるらしい。


「はい、まず桃味です」

「まずは?」

「これ見てください!マンゴーにパッションフルーツ、花火味ってのもあったんですよ!凄くないですか!?」

「す、凄いけど……花火味?」


 渡されたポレーを口の中に放り込むと桃の味が広がった。やはり定番にハズレなし。

 改めて、興奮気味で眼前に並べられた色とりどりのパッケージを見る。一際目を引くのは花火味。その名の通り、どこかの花火大会で撮られたのであろう写真が大々的に使われている。見た目は綺麗だが、味の情報が全くない。煙っぽい味だろうからスモーク系とかか?


「そう!花火味!王道だけで勝負ができるメーカーさんなのに定期的に変わり種を市場に投入するフロンティアスピリッツ!可愛い子には旅をさせよと言いますが、正にこのことですね!」


 テーブルに身を乗り出す咲良。こんなにこのお菓子に情熱を注ぎ込んでいることに感心してしまう。彼女はすぐに定位置に戻り、お菓子をかじる。それが正解だ。Tシャツの首元が緩いせいで、俺の視線が釘付けになるところだった。


「こ、こっちのパッションフルーツも食べてみて良いかな!?」


 返事を待たずに未開封の箱に手を伸ばす。視線を誤魔化すための咄嗟の行動だったが、気づかれていないだろうか。焦りが袋を掴む手に現れる。ガサガサを大きな音をたてながら開いた袋からビスケットが3枚こぼれ落ちてしまったので、急いで拾い上げて口に放り込んだ。甘酸っぱい味がする。


「ふふふ、そんなに慌てちゃって。そんなに好きだったんですか?」

「ま、まぁ。そんな感じかな」


 実はパッションフルーツそのものを食べたことがない。そもそも普通に買えるものなのだろうか。行きつけのスーパーでは見た覚えがない。


 そんな楽しい時間を遮るように、またしても来客を告げるチャイムが鳴る。俺と咲良は目を合わせて笑った。来ないと言っていた主催の2人が来たものだと思ったからだ。他に来客の予定もない。突拍子もなく訪ねてくる友人も望を除いたら他にはいないのだから。


「……ったく。サプライズのつもりか?」


 鳴り止まぬチャイムの音に急かされて、玄関へと向かう。大方、2人で合流して何か買物でもして来たのだろう。だが、思い当たるものがない。俺の誕生日は過ぎ去ったし、咲良の誕生日はまだだったような気がする。まさか、あいつらのどっちかが自分の誕生日を祝わせるために仕組んだ会だったとでも言うのだろうか。

 

 外へと繋がる扉の前まで来ても鳴り止まないチャイム。そのしつこさに溜息をついてから、ドアノブに手をかけて一気に開けた。


「おいおい、いい加減に――」


 そこにいたのは、女性だった。だが、香澄さんよりも背が低い。そして、お顔に小さい皺がいくつか。俺はこの人のことをよく知っている。

 なぜここにいるのか。その理由は分からないが、見間違えるはずがない。北上双葉(ふたば)。俺の母親だ。

 次回更新は9月30日(金)の予定です。

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