第58話 お楽しみ会②
咲良に重い荷物を持たせたまま玄関に居させる訳にもいかず、エアコンの効いた室内へ案内する。彼女の頬は桃のように染まり、前髪は綺麗なおでこに張り付いていた。この炎天下だ。無理もない。
「それじゃ、望さんも急に来れなくなっちゃったんですか!?」
ビニール袋を足下に置いた咲良が驚いて、半ば叫ぶ。逆の立場なら俺もそうする。だって、主催者が2人共ドタキャンするんだもん。
「そうなんだよ。まったく困った奴らだなぁ。はい、麦茶置いておくよ」
「ありがとうございます。本当に今日は暑くて暑くて」
麦茶をこくこくと静かに飲む咲良。小動物のようで可愛らしい。ごくごくぷはーっ!と飲む俺と同じ生き物とは思えない。
しっかりと飲み干した後は「生き返りました」とグラスを机に置いた。そして、鞄からハンカチを取り出し、額や首筋に流れる汗を拭きとる。その仕草、その表情、俺の知っている彼女よりも艶やかに見えた。部屋に2人きりという状況がそう思わせるのか。
「……あの。そんなに見られると……ちょっと」
「ご、ごめん!つい……ついね!」
慌てて咲良に背を向ける。スケベと思われていないか些か不安だ。しかし、これは男の性……とも言ってられないか。煩悩立ち去れ!きえーい!
「す、すみません。清隆くん。もう大丈夫です」
「は、はい。すみませんでした」
咲良に呼びかけられてお互いに頭をぺこぺこと下げる。ここに賑やかメンバーがいれば、明るい雰囲気になる可能性があったと思う。だが、ないものねだりしても仕方がない。今日、ここにいるのは2人なのだから。そう、彼女と俺の2人きりなのだ。雨宿り事件の時よりもどうしても意識してしまう。
「立ったままってのもアレだし座ってよ。見ての通り、前に来てもらった時から変わったとかはないんだけどさ」
「いつも綺麗にしていて偉いですね。私は、少し気を抜いてしまうと、すぐに散らかしてしまって」
「ははは、それは俺もだって。ついさっきまで、大慌てで片付けしてたんだもん」
机を挟んで座る咲良に対して軽口を叩く。だが、内心は穏やかではない。片付け終わっていなければ、高感度ポイントチャンスを逃すところだった。むしろ減点される可能性もあったと考えると急いで掃除したことも報われる。
「2人共急にどうしちゃったんだろうね。もしかして一緒にいたりして」
「……それはないと思います。香澄は、1人暮らしの友達が熱を出したとか言ってたので」
「だよね。ははは……」
突然の状況に心構えが出来ていないため、間が持たない。堪えきれずに咲良が買ってきてくれた黒色の炭酸飲料が入った500mlペットボトルを回転を加えつつ空中に投げる。それをキャッチして再度投げる。その繰り返し。無駄な行動に思えるかもしれないが、心を落ち着かせる儀式なのだ。
何度目かの挑戦で、遂にペットボトルは激しく床に激突した。そのまま咲良の方へ転がっていく。バツが悪くなった俺は、これまた無意味に手を握ったり開いたりしてみる。そんな俺を哀れに思ったのか、咲良が口を開いた。
「今日はどうしましょうか。望さんから何か聞いていましたか?集合場所だけ教えてもらって、香澄は何をするか教えてくれなかったんです」
「俺もそんなもん。望はお楽しみ会だって言ってたけど、詳しいことは何も」
小学生みたいなネーミングのお楽しみ会。出し物をするのか、映画鑑賞会なのか、それとも恋バナ会なのか。当日までお楽しみと言っていた企画者はいない。
「そうだ!俺、望に電話してみるよ」
「でも、何か用事があって来れなくなったんじゃ……?」
「あー、違う違う。あの様子だといつものように女の子絡みだと思うから」
スマホをタップして通話の画面へ。コールが1回2回。なかなか繋がらない。そのまま留守番電話サービスへ繋がってしまった。あっちはあっちでお楽しみ中ということか。
「どうでした?」
「ダメだったよ。何かしているやら……」
「せっかくみんなで集まれると思ったんですけど残念でしたね」
「いや……なんて言うか、その……2人の方が嬉しかったり」
「な、何言ってるんですか!?も、もう!からかわないでください!あーあ、私、喉渇いちゃいました」
咲良は、近くに転がっていたペットボトルを拾い上げると、照れを隠すように勢いよく捻り上げた。そして、噴き出る泡と液体。しっかりと座っていた彼女に逃げ場は無く、その身で受け止めるしかなかった。
訪れる沈黙。噴き出した原因を作ったのは俺だ。あまりの申し訳なさに「ごめん」と搾り出して、タオルを差し出すのが精一杯だった。
「……シャワー貸してもらってもいいですか?」
「ど、どうぞ。脱衣所とかないからキッチンで着替えて貰うことにはなるんだけど、そこの戸を閉めれば見えないから大丈夫!あと、これよかったら。間違って大きいの買っちゃって、まだ着てないやつだから綺麗だと思う」
「すみません……ありがとうございます」
咲良は俺から着替えのTシャツとバスタオルを受け取ってキッチンの方へ移動していった。残されたのは、俺と甘ったるい匂いだけ。閉められた戸が心の壁にならないことを祈るしかない。
意識しなくても隣の部屋から聞こえる布が擦れる音。どうしても邪な感情が掻き立てられてしまう。煩悩さんお帰りなさい。俺はどうしようもない人間みたいです。
俺はおもむろに立ち上がり、その場でスクワットを始める。動きに集中することで頭をクリアにするのだ。これぞ生活の知恵。
ゾーンに入りかけたところでキッチンからガラガラと激しい音がした。嫌な予感がする。まさか彼女の身に何かが起こったのか。気づいた時には駆け出していた。
「咲良さん!大丈夫ですか!?」
「えっ……」
勢いよく戸を開けると風呂場に置いておいた空缶の袋を持った彼女がいた。先程まで服の下に隠れていた淡い水色の布が目に映る。
ここで慌てるのは素人のすることだ。俺は彼女の目を見つめてこう言う。
「し、失礼しました〜。ごゆっくり〜」
そうして静かに戸を閉める。これは、夏の暑さが見せた幻。そうでなければ覗き魔が爆誕してしまう。必死に現実逃避を図ろうとあれこれ考えてみるものの、風呂場の戸が閉まる音が、これは取り返しのつかない現実だと告げるのだ。
次回更新は9月28日(水)の予定です。




