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第57話 お楽しみ会①

「よし!こんなもんか!」


 額の汗を拭って一息つく。一人暮らしな事を言い訳に散らかし放題だった部屋の床が数日ぶりに姿を現した。やはり片付いているのは気持ちが良い。数日前の俺に教えてあげたいくらいだ。まぁ、この気持ちも明日には忘れてそうだが。


 冷蔵庫でキンキンに冷やしていた麦茶をガラスのコップにそそぐと、瞬く間に水滴が滴った。そんなことはお構いなしに一気に飲み干すと、サハラ砂漠のように乾燥していた俺の体が潤いを取り戻す実感ができた。くぅ〜たまらない。


 季節は夏。大掃除シーズンでもないのに気合いを入れるのには訳がある。

 一部では、人生のゴールデンウィークとも呼ばれる大学生活。その夏休み中を満喫していない俺が可哀想だと、憐れんだやつがいる。そう望である。彼は片手では収まらない数の女性とこの夏を謳歌しているに違いない。夏の魔物と呼ぶに相応しい所業だ。

 そんな彼が、香澄さんと共謀してお楽しみ会を企画したのが昨日のこと。咲良にも声をかけたらしく、気遣いが感じられる。こう言う所が神の一面なのだ。

 それは良いのだが、肝心な開催地は知らずのうちに我が家に決定されていた。企画してくれただけありがたいから、文句は言うまい。だが、せめてもう少し時間をくれ。


 溜まりに溜まった空瓶空缶を袋にまとめて風呂場にでも押し込んで、片付けは終了。派手な音が聞こえたけど気にしない気にしない。あとはゲストの皆さんを迎えるだけだ。集合時間まで1時間もない。気を利かせて飲み物くらい買ってこようと思っていたが、みんな揃ってからでもいいだろう。


「こういう時間を有効に使える人が現場で勝つんだよな」


 スマホで隙間時間を埋めるために最適な方法は、ゲーム、音楽、動画、漫画など様々だ。どれをチョイスするかは十人十色。好みのもので楽しめば良い。

 では、暇を持て余すことが多い1人暮らしの男子大学生の俺の選択は如何なるものか。そう、ご存知の通りハロファクのまとめサイトだ。ここはファンの英知が結集されていて、公式情報をまめにチェックしている俺ですら見逃している情報やファンの勝手な推測など役に立つものが多いのだ。以前、新曲のテレビ初披露を見逃さずに済んだのも、このサイトのおかげだ。

 さてさて、今日のお宝情報は、新メンバーオーディション開始、蛭沢菜月(ひるさわなつき)1st写真集発売決定、新曲MVのロケ地考察か。さーて、1つずつタップタップ。

 だが、指を伸ばしたところで画面が暗転してしまう。充電切れではない。バイブレーションと共に望からの着信を告げているのだ。俺のお楽しみタイムを妨げるくらいだ。余程重要な案件でなければ許さないぞ。


「はい、清隆だけど」

「電話出るの早いな。さては、スマホいじってただろ」

「ハロファクの情報見てたんだよ。新メンバー募集するらしぞ」

「え!?まじか。この間、6期が入ったばかりだと思ったのにな。えー。きりんちゃんさん辞めたりしないよなぁ?」

「そこは何とも。朝に見た公式HPでは、そんなこと書いてなかったと思うけど。それより何の用だよ?買出し中か?」


 大方、買い込みすぎて運ぶのが大変だから手伝ってくれとか、そういう類の電話だろう。いつものことだ。大穴で買ってきて欲しいものの確認か?そうだとしたら、ポテチ買ってきて欲しいな。バターたっぷりのやつが良い。


「わりぃ。今日行けなくなった」

「はぁ!?」


 どうしてくれる。俺の口の中は、既に幸せ味が食べられる喜びでいっぱいだったのに。

 望は黙ったままだ。電話の向こうから、電車の音と女性の声が聞こえる。察した。いつものパターンか。でも、この女性の声は聞いたことがあるような。いや、携帯電話の通話では、本人の声をそのまま届けるのではなく、近しい音声が作り出されて届けられているとネットで見た覚えがある。詳しい技術は分からないが、たまたま似たような声ということもありうるだろう。スマホから少し離れた場所の音なら尚更だ。


「俺は行けないけど、延期する訳じゃないからさ。女性陣は行くと思うから、両手に花で頑張れよ。じ、じゃあな!」


 そして、一方的に通話が切られてしまった。何を焦っているんだアイツは。そんな状態ならメッセージでもなんでも良かったのに。

 まぁ、企画者はもう1人いるし、欠席するというなら止めはしない。どうせ望とはいつでも会える仲だ。俺が望まなくてもこの部屋のチャイムを鳴らすのはいつだってアイツなんだから。


 気を取り直して、通話前の画面に戻ったスマホで再度ハロファクの情報確認だ。ほー。新曲のMVって隣町で撮ってたのか。えっ!?偶然見かけた人もいるのか!そういうことは早く言えよ!

 なになに……あちゃー。この日だとテスト期間中だし、たまたま隣町に出かけるなんてことありえなかったか……。どうしてこう巡り合わせが悪いのかな。でも、山も山頂より遠目で見た方が綺麗に見えるし、ファンとして適切な距離感を保てという啓示なのかもしれないな。そう思うことにしよう。


 内なるスペースでの自問自答を繰り返していると、不意に鳴ったチャイムで現実へと連れ戻される。ここは自宅、片付いたばかりの綺麗なお部屋。認識に問題はない。オールクリアだ。

 時間差で2回目のチャイムが鳴る。いかんいかん。いつまでも客人を待たせるものではない。はーい。ただいま。


「はー良かった。留守かと思っちゃいました」


 そこにいたのは、ペットボトルの飲み物やお菓子が詰め込まれたビニール袋を重そうに持った咲良が1人。冷やかし担当の香澄さんがいない。


「ごめんごめん。ちょっとぼーっとしててさ。ところで、香澄さんは?一緒じゃないの?」


 咲良は何度かこの家に来たことがあるから、迷うことはないだろうが、香澄さんはこの辺りに来たことがなさそうだ。大丈夫だろうか。

 俺の問いを聞いた咲良が、肩を落としてしゅんとした。これは、もしかすると……。


「それが、急用が出来たとかで……。私1人なんです」


 おっと、まさかのダブルドタキャン。これは神がもたらしたチャンスか。それとも……ドッキリか?

 次回更新は9月25日(日)の予定です。

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