第56話 夢の続き④
「2人ともおかわりいる?さびしいおじさんの話し相手になってくれるなら、ご馳走しちゃうよ?」
よほど退屈しているのだろう。マスターは俺たちのことを帰したくないらしい。流石に経営状況が心配になってきたぞ。せめて俺が大学を卒業するまでは存続させてくれ。この店のこと結構気に入っているんだから。
マスターの提案はありがたい。ありがたいが、残念なことに咲良がサークルの友達と用事があるらしい。例の割引券を譲ってくれた人のようだ。
俺は残っても問題はないが、1人で残るとマスターに根掘り葉掘り聞かれる羽目になりそうだから、同じタイミングで帰ることにしていた。香澄さんもいないし、かえって都合が良い。
「マスター。嬉しい提案だけど俺達もそろそろ帰るよ」
「あれ?香澄ちゃん戻るの待ってないの?寂しがるぞ」
「出来れば会っていきたかったんですけど、2人揃っているところを見られるとからかわれそうで」
「ははっ、それは間違いない。いつも来ないかなって言ってるよ。次は香澄ちゃんがいる時においで、きっと喜ぶから」
「はい!また来ます!」
名残惜しいがコスモガイともここでお別れだ。実物を手に取ったあの感覚を忘れることはないだろう。
カウンターにお代を置いて店を出る。地上に戻ると空はすっかり晴れていて、さっきまで土砂降りだったのが嘘のようだ。
夕方に差し掛かるこの時間、商店街の人通りは増えている。隣町に行くという咲良を駅まで送るため、俺達は再び駅の方面へ向かっていた。
「しっかし、おやっさん達も昔があって今があるんだな」
「お2人とも夢が叶っているようでしたね。だから、お仕事中もあんなに生き生きとしているんでしょうか?」
確かに仕事中の2人の顔付きは、死んだ魚のような顔をしながらバイトをしている俺とは大違いだ。やはり、夢を叶えたからなのだろうか。では、夢を叶えられなかったら?そもそも、夢を見つけられなかった場合はどうなるのだ。
「……夢か。自分がどんな仕事をすることになるのか、全く想像がつかない」
「やりたい仕事はないんですか?子どもの頃の夢とか」
「子どもの頃の夢は、遠い星からやってきた無敵のヒーローになることだったよ。そろそろ就活のことも直視しなくとも視界に入るようになっちゃったしさぁ。拾ってくれる会社があればお願いしますって感じ。咲良は夢あるの?」
仮に無敵のヒーローになったとしても、それでご飯が食べられるくらい稼げるかは疑問が残る。建物を壊したり人を怪我させたら大赤字だ。その夢が叶うくらいなら、夢がない仕事の方が良い。そう思うようになったってことは、すでに大人の仲間入りは済んでいるということなのか?
「私はありますよ。小学校の先生になりたいんです」
「じゃあ教職もとってるんだ。俺は話聞いただけで諦めたよ。普通に卒業するための単位だけで精一杯」
教員になるためには、通常の講義に加えて、教員免許を取得するために必要な科目を受講して単位を修得することになる。将来の飯の種になるかもしれないくらいの軽い気持ちで説明会に出た俺の心を挫くには十分な理由だ。
「朝早い時間の講義が多くて、へこたれそうになる時もありますけど、この知識が将来の役に立つかもしれないって思うと元気が出てくるんです」
両の手でガッツポーズをキメる咲良、その目は輝いているように見える。俺には眩しい。
「みんなやりたい仕事があって凄いなぁ。俺はまだ見つけられないよ」
「清隆くんは、将来の自分がどうなってると思いますか?そこから見つかるかもしれません!」
一理ある。自分の将来像から逆算していけば、今すべきことが導き出せる!……ような気がする。明確な将来像はないが、ぼんやりとしたものはある。
「んー。そうだなぁ。親もいるし、大学を卒業したら地元に帰って、好きな人と結婚して子どもがいる幸せな家庭を築く。子どもの頃は、大人になったら自然とそうなると思ってたよ。どうやら難しいことだったみたいだけど」
「私は、それも立派な夢だと思います」
「そうかな?こう、なんと言うか情熱?キラキラしたものはないような気がするけど」
「地元に帰って家庭を築くってキラキラしていると思いますよ。私は、やりたいことがあってもどこでやるのかが決まってませんから。だから、清隆くんも大丈夫です!」
そう言う咲良の顔は笑っているものの少し影がある表情だった。親の実家の関係で思うところがあるのだろう。こっちでも思入れがある出来事があって揺れ動いているのか。
入学した時には無限に感じた時間。その時間も残りわずか。皆、口には出さないが、それぞれの将来について動き始めている。やることが決まっている咲良と帰る所が決まっている俺。大違いじゃないか。気付けばスタートラインに残っていたのは俺だけだった。
ここで大切なことに気がついた。咲良はどこで働くか決まってないと言う。宮城でも東京でも教員になれる。今後の関係次第では俺と一緒の未来を歩む可能性がなくもないってことか?それこそ俺の夢ってやつに違いない。
「……出来れば咲良と一緒に帰れるといいんだけどなぁ」
「そ、そ、それってどう言う」
ボソッと口から漏れた心の呟き。気づいた時にはもう遅い。駅まで数分の道のり。俺達の間に会話はなくなった。耳まで真っ赤にして、少しうつむきがちに歩く彼女の愛しさは言葉では表現できない。俺も釣られて赤くなってしまう。
ここで、望のように行動に移せないのが俺の悪い所。勘違いかもしれない。そんな誰も正解を教えてくれない不安が、俺を臆病者にするのだ。
今はこれで幸せだが、このままでは発展がない。夢の続きを見るために頑張れ俺!……まずは地元企業のリサーチから始めようっと。
次回更新は9月24日(土)の予定です。




