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第51話 ノワール③

 駅に程近い雑居ビルの1階にその猫カフェはあった。外壁に蔦が這っていて、それなりの年月を感じさせるが、猫カフェ自体はリフォームをしているようで真新しさを感じさせる意匠だ。一見して猫カフェには見えないが良いのだろうか。

 

 ここに着くまでの間、すでに堪能したのであろう人々が満足そうな顔をして駅へ向かって行ったところを見ると、期待が高まるのだが、やたらカップルが多いのはどういうことなんだ。ピンク街は反対方向だから、そういうことではないと思うのだが。


「あらー。混んでそうな感じですね」

「どうだろう?中に入ってみたら意外とすぐに案内されるかもよ」


 店の外まで人の列は伸びていないもののアンティーク調の扉から動く人影が複数見える。順番を待っているようだ。生憎猫カフェは初めてだから、勝手が分からない。何はともあれ並ばないことには入れないことは確かだ。せっかく咲良と出かけられているのだから、このチャンスを不意にする選択肢などない。悩みはあれど今を楽しまなければ。


 扉を開けると優しい鈴の音がした。外から見たとおり繁盛しているようで、受付前で入店を待つカップルと思われる2組、同姓同士の友達と思われるペアが2組がいた。どうやら奥の部屋で猫ちゃんが待っているようだ。


「いらっしゃいませ!お2人様ですか?」

「あ、はい。そうです」


 受付には、2人組の若い女性の店員が和やかな笑みを浮かべていた。話しかけてきたのは愛嬌がある小動物タイプだ。胸に初心者マークがある。もう一方は、もう一方はキリッとしたきつね顔で黙々と作業をしている。いかにもベテランという風格があった。

 咲良と肩を並べて注意事項を聞いた後、入口近くの手洗い場で手を洗う。オープンして1ヶ月の店のため未だ混雑しているとのことで延長はできないそうだ。

 そろそろ今入室している人達が出てくる時間になるようで、丁度良いタイミングだったようだ。ただ、今いる猫ちゃん達は休憩の時間になってしまうので、お目当ての子に会えないかもしれないらしい。

 欲を言えば、店員さんの後ろに飾られている猫達の写真の中でも特に目立っている真っ白い子に会えれば嬉しい。その見た目のとおりホイップくんと言うらしい。まぁ、どの子も可愛いから問題ない。

 

 受付近くのベンチへ座って待つこと20分弱。その間にも何組か入店したが、混み具合を見て引き返して行った。やはり、カップル率が高い気がする。


「やたらとカップルが多くない?」

「言われてみるとそうですね」


 俺が小声で話しかけると、咲良も小声で返してくれた。囁き声もレアな感じがして素敵過ぎる。録音したいくらいだ。


「私達もそう見られているかもしれませんね」


 ウィスパーの余韻に浸っている俺のところに投げ込まれた超大型爆弾。俺という男を司るシステムはフリーズ。唯一動いている胸の鼓動だけは、いつも以上に激しいビートを刻んでいた。

 

「お待ちのお客様こちらはどうぞー!」


 聞き間違いか確かめるべく暇もなく、案内されてしまった。思いの外早く呼ばれたのは嬉しいが、タイミングが悪い。


「どうしたんですか?行きましょうよ?」


 気付けば残りは俺たちだけになっていた。咲良は先程のことなど微塵も気にしていないようにすました顔をしている。やはり、俺の聞き間違いだったのだろうか。とりあえず今は、精神衛生上そういうことにしておこう。

 店員から入室時刻が印字された紙が入れられたネームホルダーを渡されたので首にかける。ここから1時間、魅惑の猫猫ワールドの住人となるのだ。


「清隆くん!猫がいっぱいいます!」

「6匹いることは書いていたけど、実際目の当たりにすると凄いね」


 店内の猫達は思い思いの場所で自由に過ごしている。毛繕いをする猫、ただただ眠る猫、お客さんに挨拶するかのように店内を練り歩く猫。姿は皆猫だが、それぞれ個性があって愛くるしい。残念ながら真っ白い猫は休憩中のようだ。


「あ!清隆くん見てください。あの子強そうですよ」

「強そう?可愛いじゃなくて?」


 咲良の視線の先にいたのは、顔の大きな黒猫。ふてぶてしい顔をして、キャットタワーの高い場所で体を横たえている。もしも、俺が飼い主ならボスと名付ける。そう思わせるには十分な風格があった。

 ふと、気配を感じて足元を見ると三毛猫が俺の足に体を擦り付けていた。こそばゆい感じが癖になりそうだ。


「わわっ!人懐っこくて可愛いですね。清隆くんに懐いたんじゃないんですか?」

「え?そうかなぁ。撫でても逃げないかな?」


 緩んだ顔で三毛猫を撫でると気持ちよさそうに目を細めた。咲良と共にその一挙一動に癒される。周りでも各組が接客上手な猫に相手をしてもらっていた。不動なのは黒猫だけ。5組に1匹計算だとあぶれてしまう猫が出てしまうが、猫はそんなことを気にしない。だが、そこが良い。


「私も撫でていいんでしょうか?」


 咲良がしゃがみ込むと猫が前足をその膝へ乗せて、ニャーとひと鳴きした。その愛くるしさに俺達はもうメロメロ。猫がなく度に鳴き声を前する咲良にもメロメロ。可愛いの波が俺を襲って溺死しそうだ。それも悪くないかもしれない。


 咲良と三毛猫が戯れている間、同じように手持ち無沙汰になった人達が黒猫に殺到した。撫でようと伸ばされた手をひょうひょうと掻い潜る様は、猫が格上の生命体であることを見せつけられているような気にさえなる。


 俺は近くのソファーに座って、咲良と猫の様子を見守ることにした。これだけでもここにきた甲斐があったと思える。眼福眼福。


「清隆くんも抱っこどうですか?この子すっごく大人しくて」


 三毛猫を抱っこした咲良が俺の隣へ座った。有難い申し出なのだが、生き物を飼ったことがない身としては、どういった具合に抱っこをすれば正解なのか分からず困惑してしまう。肝心の猫は、そんな俺の胸中を察しているのか、俺よりも咲良のことが気になっているようで、彼女の顔の前に手を伸ばしている。


「ほら、こういう感じで優しく抱いてください」

「こ、こうかな?」

「そうですそうです。ほら、この子可愛いですよ」

「初めて猫のこと抱っこしたけど、暖かいんだね」

「猫の体温は人よりも高いらしいです。ほら、ここ。ここを撫でると気持ちよさそうにするんです」


 咲良が抱っこのレクチャーをしてくれたおかげで、何とか猫を膝の上に迎え入れる事ができた。そして、彼女の言うとおり耳の後ろ辺りを撫でると、猫は気持ちよさそうに目を細めた。ドキドキ初体験に興奮が隠しきれず、撫で回す手が止まらない。


「……うおっ!」


 至る所を触った結果、指を甘噛みされてしまった。それと同時に膝の上の温もりもどこかへと行ってしまう。接客の時間は終わってしまったらしい。退勤時の素早さは俺と良い勝負かもしれない。


「大丈夫ですか!?」

「大丈夫大丈夫。驚いただけで、痛くはないよ。調子に乗って撫ですぎたみたいだ」

「すみません。私が抱っこ勧めたせいで……」

「いやいや、俺がやり過ぎただけだから気にしないで。それより、ほら、あそこの猫見てよ。毛繕い――」


 そこまで言いかけて、背後からゴロゴロと音がしていることに気がついた。雷ともエンジンとも違うどこか心地の良い音。

 不思議に思い、音のする方へ慎重に首を回す。そこにいたのは、ソファーの背もたれに横たわった真っ黒な生き物。ばっちり目が合ったが、先程の経験が脳裏をよぎり手を伸ばす事がためらわれた。

 しかし、目が離せない。猫とはなんとも不思議な生き物である。

 次回更新は9月11日(日)の予定です。

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