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第50話 ノワール②

 夏休み中の大学は人が少ない。いつもは賑わっている広場のベンチにも誰も座ってはいない。宇宙人に襲われた後の地球はこうなってしまうのだろうか。そう思わされるくらいにはガラガラだった。

 遠くから運動部の声が聞こえてくるから、妄想であることが分かる。俺は1人じゃない。待ち合わせている咲良もきっといるはずだ。


 いつものように3号館の掲示板前。約束の時間よりも丁度10分前。彼女の姿はまだない。今日は大学でサークル活動と言っていたから、暇人の俺が待つのが道理だろう。

 街中で待ち合わせることも考えたが、俺が商店街の方面へ行くのならば大学の近くを通ることになる。幸い咲良も大学にいるということだったし、夏休み中で人が溢れかえっている街中で待ち合わせポジション争いを繰り広げるくらいなら、人がいない大学の方が好都合だった。


 空は今日も快晴。更には大きな入道雲。建物の影に入っているおかげで日に焼けることはないが、蒸すような暑さに額から汗が流れ落ちる。

 3号館の中で待とうと思ったのだが、たった今、女学生の集団に不審な目で見られたので、慌てて視線を戻した。大人しくここで待つことにしよう。スマホの充電も十分にある。


「ごめんなさい。毎回待たせてしまって。何見てるんですか?」


 美少女キャラが売りのソーシャルゲームを起動して、ログインボーナスを貰ったところで、不意に声をかけられた。この声は間違いない咲良だ。一体どこから現れたというのか。

 音声を消すのを忘れていたらと思うと冷汗が止まらない。ゲームをプレイすること自体は恥ずべきことではないが、データとはいえ女の子にうつつを抜かしている場面を見られるのは、ばつが悪い。


「さ、最近の情報のチェックをね。ほら、日課だからさ」

「そうなんですか?何か良い情報ありました?」


 純粋なその瞳が、俺の胸を締め上げる。暑い日に合わせてから揺れるポニーテールが可愛らしい。白いうなじに目がいくのをグッと堪える。

 俺がチェックしていたのは、自分好みの可愛いキャラが実装されたかどうかである。そろそろ水着イベントが始まるはずだが、そんなことを女性に赤裸々に話せるほどオープンスケベではない。


「そ、そうだ!咲良のサークルってどこで活動してるの?」

「ここの3階です。部屋は狭いですが、その分賑やかですよ。清隆くんも今度どうですか?みんなも喜ぶと思いますよ」

「か、考えておくよ」


 咲良には、絵を描くことの楽しさを教えてもらったが、到底人前で見せることができるレベルではない。咲良の絵のクオリティは素人の俺から見ても低いものではない。サークル内でも一目置かれているに違いない。俺を紹介することで、彼女の評価を下げることにならないだろうか。


「約束ですよ。みんな楽しみにしてますから」

「……ん?みんなってどのみんな?」

「サークルのみんなですけど。楽しそうに絵を描く友達がいるって言ったら興味津々みたいで」


 にっこりと微笑む咲良。邪気を感じさせないその笑みで俺の外堀が埋められていく。明日から、絵の練習始めた方が良いかしら。普通の文房具コーナーで売っているような物をそろえれば問題ないのか、それすらも分からない。


「咲良またねー!」

「うん!またね!」


 俺が悶々とした思いを抱え込み始めた隣で、咲良が元気に手を振っていた。3号館にいた集団が仲良さげに歩いている。もしかして、咲良と同じサークルの人達だったのか。

 あちらも気づいているようで、はっきりと視線を感じる。頭から足の先まで値踏みをされているような気分だ。親しい友人に変な虫が寄り付いていないか心配なのだろう。

 だが、咲良はそんな空気を全く感じ取っていないようだ。どうかそのまま健やかに。


「じゃあ行こっか」

「はい」


 2人きりでいつまでも見つめ合うわけにもいかず、商店街に向かって歩みを進めることにした。俺の読み通り商店街に向かうに連れて人の数も多くなっていった。


「さっき、電話で言っていた行ってみたいってところなんだけど」

「付き合わせてしまってごめんなさい。1人だと恥ずかしくて……」

「あ、謝らないでよ。それに俺も行ってみたいって思ってたし」

「え!?本当ですか?清隆君も猫好きなんですね!」

「結構好きなんだけど、父親が反対して実家で飼えなくてさ。動画なんかみて紛らわせたりしてたよ。咲良は猫カフェよく行ってるの?俺、初めてでさ」


 最近、駅近くにオープンしたという猫カフェ。その噂は、バイト中よく耳に入って来た。なんでも、その店にいる猫は保護された野良猫や捨て猫で、里親になることもできるらしい。俺も興味があったのだが、咲良同様に1人で行く勇気がなかったのだ。望と遊んだ時に近くを通ったことがあったが、その時はカップルが多くいて入ることが出来なかった。

 咲良からの誘いが嬉しいのは言うまでもないが、渡りに船とはこのことかと小躍りしたくらいには、二重の意味で浮かれてしまった。


「咲良は、あの猫カフェのことどこで知ったの?」

「サークルの友達に教えてもらったんです。初めはサークルのみんなでって話になってたんですけど、猫アレルギー持っている友達がいたみたいなんです。気にしないで行っておいでとは言ってくれたんですが……」


 咲良からの誘いはオープン記念の割引券を貰ったから一緒に行こうという旨だった。なんでも料金が半額になるらしい。おそらくその券はその友達から咲良に渡したものだろう。共通の友達を誘った手前、そのまま行くのもためらわれたに違いない。


「せっかく割引券貰ったんだから、楽しまないとね!後でその友達にお礼のお菓子買おうか」

「そうですね!実は楽しみすぎてワクワクが止まりません!」

「ははっ!実はおれも」


 あの集団にいたであろう咲良の友人に感謝。目的地が見えて来て、自然と俺たちの歩みも早くなっていった。

 次回更新は9月8日(木)の予定です。

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