第48話 缶詰パーティー④
バスタブがキュッキュッと音をたてるようになった頃、キッチンから人の気配がした。ようやく大我が起きたようだ。手についた水をバスタブに向かって払う。雑に手と足をタオルで拭いてキッチンへ出ると大我が水を飲んでいた。
「ようやく起きたな」
「わ、わりぃ。水もらってた……頭痛ぇ」
「いつもだけどペースが早いんだよ。少し目を離すと空になってるし」
「面目ない……彼女にもよく言われるけど、やっぱりビールは喉ごしじゃん?」
「じゃん?って言われてもな」
ナチュラルに彼女アピールされて俺の精神に大ダメージ。
中学の頃から付き合っているという大我達。今は遠距離恋愛中らしく、2ヶ月に1度会えれば良い方らしい。昔と違って、現代はスマホでビデオ通話だって簡単にできるが、若い男女がそれだけで満たされることはないだろう。経験のない俺にだって、それくらいの想像はつく。それでも結ばれ続けている縁に強く憧れてしまう。
「なぁ……1つ聞いてもいいか?」
「なんだよ、改まって」
大我は飲みかけのグラスをシンクに置いて、俺と向き合った。片手でこめかみを抑えているが顔色は良い。眠ったことで一応回復はしたらしい。
「大我は彼女と付き合って長いんだろ?」
「ん?そうだな……中学の頃からだから、それなりに長いってことになるのかな」
「高校受験、大学受験とお互いの生活が大きく変わるタイミングがあったと思うけど、不安とかなかった?」
「それは、お互い別の学校に行って会えなくなるかもしれなかったってこと?」
「そういうこと。せっかく付き合えたのにすぐに会えなくなるとか考えなかった?」
年齢こそ違えど、今の俺と同じ状況だったはずだ。せっかく付き合えたとしても数年後には別の道を歩むことになる可能性。もし、そうなることが決まっているのであれば、今の関係が1番良いと思う。
「あの頃は妙な自信があってさ。俺達は結婚するんだって信じてた。彼女に高校は違うところに行きたいって言われた時も二つ返事でいいよって言ったさ。学校が別になるだけで別れる訳じゃないからってさ。その後で後悔することになるんだけど」
「理解のある彼氏くんってやつか」
「茶化すなよ。そんで、高校は別だったわけだけど、俺の行った学校にも中学の頃から付き合っているってやつが男女問わずそれなりにいたんだ。それが理由で同じ高校にしたってやつもいたくらいに。みんな自分達は、そのまま結婚するって信じてたよ……そいつらどうなったと思う?」
「どうってみんな今もよろしくやってるんじゃないのか?」
「入学して夏休みに入るまでの短い間に半分くらい別れたよ」
何も言葉が出てこない。人生とは斯くも辛いものなのか。やはり、数ヶ月前まで仲睦まじくとも道を違えればそれまでなのだろう。目の前の男が稀有な例でしかないのだ。周りから聞こえてくる話を総合しても、改めてそう評価せざるを得ない。
「恋は盲目ってやつなんだろうな。新しいコミュニティに属して視野が広がったことで自分達の恋愛に自信が持てなくなったり、他に目移りしたり、いろいろあったらしい。そうやって現実を目の当たりにして、ようやく全部が全部100年の恋じゃないって気付かされたんだ」
「今も関係が続いてるってことは、大我は100年の恋を見つけていたってことか。羨ましい」
「それは今も分からないよ。そもそも分かる人なんていないんじゃないかな。長年連れ添った夫婦であっても、そうだったって思えるのは死ぬ間際なのかも」
そう言う大我は遠い目をしていた。彼は彼なりに遠距離恋愛の難しさに直面しているのかもしれない。最愛のパートナーになかなか会えないのは辛いだろう。俺だって、今の頻度で咲良に会えないと思うと胸が苦しくなる。
「なぁ清隆」
「ん?なんだよ?」
「社会人になったら今の恋愛がリセットされるとか、そんな理由で咲良さんとの関係を心配しているなら、考えるだけ無駄だぞ」
「べべべ別にそんなんじゃねーし!」
咲良の話なんてしていないのに俺に当てはまるなんて、さては恋愛脳だな!俺はあくまで一般的な例として話を聞いていただけであって、特定の男女の参考にしようとまでは言っていないぞ。
「分かりやすいなー。結局、相性なんだと思うよ。自分の直感を信じろ。案外、運命の出会いなんてロマンチックなもんじゃなく急に湧いて出てくるもんなんじゃね?」
「……なんで疑問系なんだよ。そこは断言してくれ」
「ごめんごめん。半分は自分に言い聞かせてるからさ。俺達は望のことを少し見習わないといけないのかも」
「恋愛関係では、あいつのこと1ミリも尊敬できないんだけど」
「いやいや、あのフットワークの軽さは見習った方がいいかもよ?たまにはこっちから攻め込まなきゃ」
一理あるが、デートをすっぽかしかける男だぞ?大我はこう言ってるし、望の名誉のために黙っといてやるか。今頃、大目玉だろうし、それくらいの慈悲を与えても良いだろう。
「よし!飲むぞ!」
「ええ!?さっき頭痛いって言ってたじゃん」
「こんな話をしたまま帰れるわけなかろうもん!」
こいつ、まだ酒が抜けてないな。まぁいいか。俺も酒が飲みたい気分だ。こうなりゃとことん付き合ってもらおうじゃないの!
「そうと決まれば……」
隠し持っていたもう1つのとっておきを出そうじゃないか。実家からの支援物資、鯖缶レモンバジル味。バジルの風味のおかげで臭みは少なく、レモンによってさっぱり食べられる素敵なやつ。これは今出すべきものなのだ。ファーストキスはレモンの味って聞いたことあるし!
缶詰を取り出した俺と大我は、無言でハイタッチを交わした。この缶詰の価値を大我は理解しているのだ。無論、その美味しさも。
冷蔵庫から缶ビールを取り出した俺達はキッチンで2回目の乾杯をした。
こうして、男2人で夜を明かすのも悪くない。くだらない話で盛り上がろうじゃないか。幸い、昼間の缶詰が大量に残っている。夜はまだまだこれからだ。
次回更新は9月2日(金)の予定です。




