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第47話 缶詰パーティー③

「騙されたと思って食ってみろよ」


 和の鯖缶連合にとっておきを勧めるが、臆しているのか手をつけようとはしない。望に至っては、利き腕の右手でビール缶を俺に押しつけているから、食べにくそうだ。

 大我は、箸を構えて動きを止めてしまった。それもそうだろう。オイルたっぷりの缶に厚い身が詰まっているのだ。

 パッケージのお洒落さも相まって、こいつらにはまだ早かったか。どうやら俺の1人勝ちのようだな。


「お前らが食べないなら、俺が食べちゃうけど」


 狭い視界の中、箸を伸ばして缶詰まであとわずか。美味しい記憶が蘇るこの瞬間は何ものにも代え難い至福の時。しかし、それは途中で遮られることとなった。大我が缶を取り上げたのだ。その反動で、オイルがテーブルに零れ落ちる。


「何すんだよ!」


 俺の相棒を油まみれにするつもりか。俺が机から離れたことで生ぬるいビールにさようなら。負けを認めない気持ちは分かるが、せめて食べてからにしてもらいたい。


「レギュレーション違反」

「な、なんだよそれ」


 望も首を振って大我に同意している。ノリで行われていると思われたこの鯖缶大戦も一応ルールがあったらしい。鯖使っていれば良いのでは?まさかの和風縛りだった感じ?


「これいくらした?」


 ビールを飲み干した大我が俺に鋭い視線を向ける。


「えっ……実家から送られてきたやつだから分かんない」

「望」

「もう調べてるよ……おっ!あったあった。やっぱりな。こんなにお洒落な缶詰が安いわけないって思ったんだ」

「いくら?」


 何気なく食べていた缶詰の値段。俺も身を乗り出して望のスマホを覗き見る。画面に表示されているのは、目の前にある物と同じだ。そのお値段は――


「400円!?」

「俺たちのは100円。4倍はズルイと思わんかね」

「そうだそうだ!」


 この缶詰1つで牛丼食べられるんじゃ……。わざわざ送ってくれるなんて、親の愛情に感謝。未開封のまま戸棚に眠っているもう1つは大事に食べよう。

 だからこそ、値段が原因で戦わずして負けるなんて認められない。せめて一口。それがフェアってものだろうに。


「ま、まぁ、とにかく食べてみて。ほんと美味しいからさ。テレビでも取り上げられたって母さんが言ってたぜ?」

「見た目からして美味そうなのは十分伝わっとるわ!さぁさぁ御用改めでござる!」


 大我が箸を缶詰へ突撃させる。ついに酔いが回ってきたか。顔が赤くなった彼の後ろには、いつのまにか空になった缶ビールがいくつか転がっていた。

 再び視線を戻した時には、すっかり俺のとっておきに満足した様で、酒と交互につまんでいた。望も負けじと鯖の身の奪い合いをしている。その表情を見るに彼の口に合ったようだ。


「俺の分も残しとけよ……」


 大きな身が複数入っているものの若い男達にかかれば、ものの数分で腹の中だ。酒が入っていれば尚更である。

 争奪戦に打ち勝って確保した小さな欠片をゆっくりと味わう。これだよこれ。あっさりとした味だが、しっかりと旨味を感じる。鯖特有の臭みも少ない。このたっぷり入ったオイルを料理に使えば無限の可能性が広がっているのだろうが、俺はこのまま食べるのが1番好きだ。


「これ美味いな」

「流石、望!伊達にいろんな女の子と美味しい物食べてるだけあるな!」

「……後半は余計だっての」

「……美味しいけどレギュレーション違反。……美味しいけどレギュレーション違反」


 あっという間に缶の中は空になった。あれだけ詰まっていた鯖は、オイルだけを残して、俺達の腹の中へ納まった。その骨すらない。


「ま、これで俺のが1番美味いってことは証明できたかな」

「いやいや、御老公。米には俺達のが合うでござんす。白飯に味噌煮ですぞ?」

「誰が御老公やねん。語尾もめちゃくちゃだし……それに白飯にはやっぱり焼鯖の方が合うだろ?」

「待てって、オイル漬けでも米は食えるぞ?」

「確かに美味かったけど、清隆はレギュレーション違反で失格なんだって!なぁ!」

「……寝てる」


 ついさっきまで、あれだけ元気に騒いでいたのに今や夢の中。テーブルに箸を持ったまま突っ伏した彼は何を思うのか。毎度思うが、酔った時のテンションはなんなんだろう。若干怖い。


「大我起きろって、お前何しに俺の家に来たんだよ」

「起きてるって……少し休んでるだけ……ぐぅ」

「彼女とのキャンプの前に練習したかったらしいぜ」

「……あぁそうかい」


 大我の肩を揺らすが反応が薄く、俺の問いには望が代わりに答えてくれた。彼女に良いところを見せたくて練習とは、仲がよろしくて結構結構。


「大我どうするよ?電源切れたらしばらくこうだよな?」

「どうするって……起きるまで待つしかないだろ」

「やっぱりか……まぁバイトもない日だから良いけどさ」

「んじゃハロファクの続き見ようぜ」

「おっ!いいねぇ。んじゃ早速」

「……ん?ごめんちょっと電話みたいだ」


 望がポケットからスマホを取り出して、キッチンへと向かった。やたらと謝る声が聞こえてくるが、何をしでかしたのやら。どうせ女絡みなんだろうけど。耳へ届く節々の単語からして、間違いなさそうだ。

 電話を終えて戻ってきた望の顔に疲労の影が見える。こりゃたっぷり絞られたな。


「……ごめん。デートの約束忘れてた。これから行ってくる」

「お前なぁ……モテるのは良いけど、それはダメだと思うぞ」

「俺がデートの約束を忘れるなんて、ちょっとショック受けるな。すまんが、片付けもしないで帰る。埋め合わせは考えとく」

「おうおう。せいぜい楽しんできな」


 望が荷物をまとめて出て行ってしまった。あれは相手の女の子の顔が思い出せていない感じだな。女の敵め。


「さてと……」


 部屋にはいびきをかいて気持ちよさそうに眠る大我が残されている。普段は優等生でテストの時にはいつも助けてもらっているが、この姿からは想像もつかないだろうな。

 あぁ無情な友よ。この酔っぱらいと2人きりにするというのか。


 酔い潰れた友人を残して出掛けるわけにもいかず、男達が食べ散らかした後始末をして時間を潰すことにした。実態として大我のキャンプ練習会だったから、洗物がほとんどないのだけれど。その分ゴミ袋は膨れ上がっている。活きのいい割箸が袋を突き破っているのはご愛嬌だ。


「ふぅ……さて次はどうしたもんかな」


 早々に片付けが終わってしまった。大我は相変わらず夢の中。退屈を持て余した俺は、普段は後回しにしがちな水回りの掃除に取り掛かるのだった。

 次回更新は8月30日(火)の予定です。

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