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第45話 缶詰パーティー①

 ハッピーハロウィン。毎度のごとく画面の中で笑顔を振りまくメンバーに心を奪われる。この時間だけは、直視しなければならない現実から解放されて、俺の精神はコンサート会場へと旅立つのだ。しかし、それも最近は通用しなくなってきた。

 ハロウィンファクトリーに対する熱量が衰えたということではない。最近、咲良が俺の推しメンであるびっきーと似たヘアアレンジをしていることが多いからだ。

 画面の中のびっきーは、緩いウェーブがかった髪をポニーテールにしている。それがダンスの振付に合わせて綺麗に揺れて、俺の心を魅了するのだ。

 先日、咲良に会った時は、まさにこの今見ている一昨年の武道館公演時のものと同じように思えた。祭壇に飾られたアクリルスタンドを見ても間違いないと思う。これは偶然なのか、それとも何らかの意味があるのか。いずれにせよ咲良にも良く似合っていた。


 俺の休日はハロファクと共に過ぎていく。外は灼熱地獄。エアコンが効いた部屋で過ごせる俺は現代の貴族だと錯覚してしまうほどだ。家で会うことにしたのは大正解だったかもしれない。


『コンサートもここからが後半戦!まだまだイタズラしちゃうよー!』


 残りの楽曲は3分の1くらい。後半戦と言いつつ実質終盤戦だ。毎度のことなので、終わりが近づいていることを知ったファンの嘆きの声が会場中から聞こえる。俺の内なる声も叫んでいた。ご近所迷惑になるからね。


「それにしても遅いなぁ」


 スマホで時間を確認すると時刻は正午近く。俺の家に行くと連絡があってから3時間は経っている。何度か来たことがあるし、迷うことはないと思うのだが、どこで寄り道しているのやら。


「しゃーない。掃除でもするか」


 時間を持て余した俺は、コードレスの掃除機を取り出して、スイッチを入れた。コンサートの音声は聞こえなくなるが、映像があれば脳内再生などお茶の子さいさいだ。

 男の一人暮らしで部屋に置いてあるものも少ないから、必然的に部屋は片付いているように見える。しかし、その実態は見えない場所へ物を押し込んでいるだけだったりする。

 幸い、ハロファクグッズ以外に収集癖があるものもないから、この程度に収まっているが、せめて種類ごとに置き場所を決めておきたいところだ。さすがにキッチンの収納から入浴剤が出てきた時は驚いた。


 各メンバーのソロダンスパートに合わせて、掃除機をリズミカルにかけていると、来訪者を告げるチャイムが鳴った。やれやれ、ここからが盛り上がるところなのに間が悪いやつらだ。


「はいはーい。今開けるって……ったく」


 連打されるチャイムのおかげで、扉を開けなくても来訪者達の位置関係が手に取るように分かる。こんな子供じみたことをするやつは1人しかいない。


「おっ!やっと出てきた。トイレ中だったか?」

「ちげーよ。ほら、早く入れって」


 連打魔の正体は、俺の予想通り望だった。軽装の彼に対して、その隣に立っている大我はビニール袋を抱えている。アウトドアで使うようなリュックも背負っていた。


「やっべ。きりんちゃんさん可愛すぎて尊い」

「でたハロファク。今日は2人がかりの普及活動はやめてくれよ」


 部屋へ入った2人は、画面に映し出されたハロファクの映像を見て、それぞれ感想を述べた。大我も一関凛のソロ歌唱パートに酔いしれれば楽になるのに。早くこっち側に落ちてこい。

 名残惜しいがコンサートはここまでだ。テレビを消して来客を迎えようじゃないか。


「2人とも麦茶で良いか?荷物はテキトーに置いといて」

「おかまいなくー」


 暑い時は麦茶に限る。発汗で失われた水分とミネラルを補給出来るし、なにより美味しい。じいさんは温かい麦茶に砂糖を入れて飲むのが好きだが、やはり冷たいのを一気に飲み干すのが至高だろう。


 トレイにガラスのコップを3つ並べて運ぶ。部屋に戻った俺の眼前に広げられたのは、缶詰、缶ビール、謎の缶、残りはつまみ。一瞬目を離しただけで、テーブルの上が缶だらけになっていた。


「な、なんなんだよ、これ……」


 缶と缶の隙間にコップをねじ込む。真昼間から酒盛りがしたくて、俺の家を待ち合わせ場所にするとは、なんて太いやつらだ。


「なにって缶詰パーティだよ。大我がメスティン買ったから練習したいんだと」

「……ウェスティン?」

「メスティンだってば……これこれ」


 大我は、謎の長方形の缶をテーブルから取り上げて、こちらに差し出す。これがメスティン?ただの缶じゃないか。


「で?練習って、これでなにするのさ?」

「え?本当に知らない感じ?アウトドア好きの中では、けっこう流行ってるんだけどなぁ」

「いや、インドアの俺にそう言われても……」

「だから言ったじゃん。清隆も分からないだろって」

「これも趣味の多様化ってやつなのかなぁ」


 大我がぶつくさと愚痴を言いながら、買ったばかりであろう銀色に輝く缶を大事そうに手に取った。


「ベランダ借りるよ」

「ちょっ!?せっかくエアコン効かせてたのに!」


 俺の思いを踏みにじって、ベランダへと歩み出る大我。その手にはメスティンとリュックがある。豪快に戸を引くとその場にしゃがみ込む。


「メスティンとは!こういうものだ!」


 リュックから取り出した袋からメスティンの中へ細かい粒が注ぎ込まれる。これは……米か?そして、そこに水を入れているところを見るに飯盒(はんごう)のようなものらしい。最初からそう言えば良いのにかっこつけちゃって。


「そして!これだ!」


 大我が取り出したのは、また缶。ドーム型になっていて、先端に銀色の器具を取り付けるとお洒落なインテリア雑貨のようだ。


「かっちょええな!清隆もそう思うだろ!?」

「お、おう。そ、そうだな」


 確かにかっちょいいけど、電気代が心配になってきたからエアコンは切らせてもらうぜ。ってか、部屋でアウトドアとか正気かこいつら。

 俺の部屋のベランダはキャンプ場となろうとしている。気づけば望がベランダ近くまでテーブルを引っ張り出して、乾杯の時を今か今かと待ち構えている。

 大我に至っては、マイペースに米を炊き始めている。10歩くらい歩けば炊飯器があるんだけどなぁ。


「さぁ!缶詰パーティーの始まりだ!」

「いぇーい!」

「いぇーい」

 

 一仕事終えた大我が高らかに宣言した。彼のテンションがいつもより高い気がするが、夏の気温が彼をそうさせるというより、新しいおもちゃを手にした子どもの反応のようだ。突如始まったアウトドア体験に心がついていけてない俺は、そう思ったのだった。

 次回更新は8月24日(水)の予定です。

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