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第44話 主人の帰還④

 夕方の喫茶店。店内の客は少ない。俺達の他には買い物袋を持った中年の女性が1人いるだけだ。真新しい煙草の臭いも残っているから、時間を潰していたサラリーマンも少し前までいたことだろう。

 高齢の女性店主にいつものアレを2つお願いして、窓際の決まった席へと座った。テーブルを挟んだ対面に誰かがいるという状況は初めてだったが、相手が咲良なら悪くない。


「ここ良く来られるんですか?」

「そうだよ。7188を教えてもらうまでは、ほぼ毎週来てたかな?ほら、あっちの方が大学からバイト先に向かうには丁度良い場所じゃん?」

「逆に私はこっちの店が都合が良いかもしれないです」

「そうかもね。飲み屋街も近いといえば近いし」


 路地を入った先にあるこのビルは、咲良がバイトをしている居酒屋からそう遠くはない。確かに少しだけ時間を潰したい時には打ってつけかもしれない。よし、好感度ポイントゲットだ!


「お待たせしました」

「おお!これこれ!」


 テーブルに置かれたのは2つのクリームソーダ。着色料が効いた鮮やかな緑色のジュースに半円状のアイスクリームが乗っているオーソドックスな見た目。グラスに浮かんだ水滴が光を乱反射させて綺麗だ。


「これが俺のお気に入り!」

「レトロな感じの見た目で可愛いですね!見たところ普通のクリームソーダですけど、何か特別なんですか?」

「いんや?見た目も味も普通の昔ながらのクリームソーダ。でも俺はこれが好きでね。喫茶店巡りをするきっかけは間違いなくこれだよ」

「きっかけになるには、なかなか入りにくい店のような気がするですが……」

「こっちに来たばかりの頃にテレビで偶然見かけたさ。大学近くの探索も兼ねて来てみたらハマっちゃって」


 引っ越しを終えた翌日、偶然見ていた地元密着のテレビ番組で視聴者の思い出の店として紹介されていたのが、この店だ。道に迷った末にたどり着いたこのクリームソーダを超える感動は未だに味わえていない。しばらくの間ご無沙汰だったが、やはり良いものだ。

 俺が喫茶店とカフェ巡りをしているのも、あの感動をもう1度味わいたいからなのだと思う。


 店に入った時に感じた煙草の臭いを感じなくなった頃、咲良は子どものように無邪気にアイスクリームと格闘していた。この表情からして気に入ってくれたようだ。さっきから店主と客が「若い子は良いわね」トークで盛り上がっているが、気にしたら負けだろう。


「そう言えばさ、香澄さんはやっぱり喫茶店とかそっちの道に進みたいのかな?経営者的な」


 今日、ご馳走された香澄ブレンドは正直言って驚いた。マスターは、ああ言っていたが認めている部分もあると思う。それだけお互い本気で至高の一杯を目指していると感じさせられた。


「んー……どうなんでしょう。大学に入った頃はパン屋さんになりたいって言ってましたが、最近の熱の入れようからして本気なのかもしれません」

「まぁ……パン屋でコーヒー出しても変ではないし、案外両立を考えているのかもしれないよ」

「そうかもしれませんね。そういうところ抜け目がない子ですから」


 そう言って笑う咲良を見るに、香澄さんとは本当に仲の良い友人なのだろう。

 それにしてもマスターへの弟子入りも自分の道を歩むための礎の1つなのだとしたら、彼女は夢の実現に向けて確実に歩みを進めていることになる。


「清隆くんは将来、自分が何をしたいか決まってますか?」

「え?」


 大学生活も折り返しをとうに過ぎて、周りには将来必要になる資格のための勉強に励んでいる友達もいる。そうではなくとも、自分が興味のある業界を調べている人は少なくないはずだ。

 だが、俺はそのどちらでもない。地元に戻って、なんとなく就職して、然るべきタイミングで好きな人と結婚して、子宝に恵まれた幸せな家庭を持つものだとしか人生設計がない。それくらいの漠然とした考えしか持ち合わせていないのだ。それが誰にでも与えられるものでもなければ、自分が望んでいるものなのか分からないまま、当たり前のように受け入れていた。

 将来設計がほぼ白紙の俺が、咲良から投げかけられた質問に答えられるはずもなく、口を開けたまま聞き返すことしか出来なかった。


「いえ、深い意味はないんです。香澄のことを見ていると……私、この先何がしたいんだろうって。ごめんなさい。変な空気になっちゃいましたね」


 誤魔化すように既に溶けきったアイスクリームをスプーンですくって口へ運ぶ。咲良としては何気なく聞いた世間話だったが、俺の反応が予想外だったのだろう。


「あ!そう言えばさ。望は最後まで美味しくご飯を食べられる人生が目標って言っていたな」


 それが咲良が求めている話題ではないことは重々承知だ。大学に入ることがある種のゴールのような気がしていて、その先の人生はどこかぼんやりしたまま過ごして来たが、そろそろ答えを出さなければならない時期に迫って来ているのも確かだ。

 地元が同じだからと言って咲良も宮城に戻るとは限らない。柳也さんの話からして、その可能性は低いような気もする。すでに彼女は彼女なりの答えを持っているのだろうか。

 その答えによっては、関係が発展する道が閉ざされてしまうような気がして、口には出せなかった。


 咲良の返答も芳しくなく、ほどなくして店を出た。お気に入りのクリームソーダを咲良に気に入ってもらえて満たされるものはあったが、目を背けていた将来像。知り合えるのがもっと早かったらと、これほどまでに悔やんだことはない。


 その後、2人で行ったしゃぶしゃぶは楽しかった。楽しかったが、それだけだ。

 次回更新は8月21日(日)予定です。

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