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第37話 1歩ずつ①

「あ!あの人達っすよ先輩!」

「岡崎君、ちょっとだけ外すけど店長には内緒な」

「いいっすけど、ライブの日のシフト変わってくださいよ」

「それっていつものことじゃないか?まぁいいけどさ」


 思わず苦笑してしまう。バイトのドタキャン補填を交渉に使うところを見るに、申し訳ないとは思っているのかもしれない。調整できずにシフトに組み込まれても無視する彼のことだ。ここでその条件を飲まなくても、何かしらの理由をつけて俺が代わることになるのだろう。その分のバイト代が入るからオタ活に勤しむ俺が断る理由もないのだが。


 岡崎君に店を任せる意味合いを込めて、すれ違いざまに右で彼の肩を叩く。外にいる咲良さん達には、俺達がどんな会話をしているか聞き取れないはず。出来る先輩っぽく見えていれば嬉しい。


「お仕事中のところにごめんなさい!」

「い、いや別にかまわないよ。見てのとおりお客さんもいないし」


 外に出ると咲良さんから謝罪の言葉が飛んできた。顔を上げたところで、彼女の顔色がいつもより良いことに気がついた。それにいつもより背が高くなっているようだ。

 隣の男がそうさせたのか。そう思うと胸の奥から湧き上がる何かがあった。


「……君が清隆君だね?」

「そ、そうですけど」


 あらためて近くで見ると、俺よりも背が高い。それに目鼻立ちがはっきりしているイケメンだ。まさか、咲良さんにちょっかいを出さないように釘を刺しに来たのだろうか。戦意喪失とまではいかないが、イケメン相手では分が悪い。

 

「あー良かった。やっと会えたよ」

「やっと?」

「そうそう。こいつが君の居場所をはぐらかすからさ。電話しろって言ってもしないし」

「……だって嫌なんだもん」


 ちょっと拗ねたような顔を見せる咲良さん。その顔をぜひ俺の前でもして欲しいなんて思ってしまうが、今はその時ではない。やはり、この男の目的は俺のようだ。しかも、咲良さんは俺に合わせたくなかったようだ。これは、修羅場ってやつか?俺、経験ないんだけど。


「あとどれくらいでバイト終わるかな?君と2人で少しお話ししたいんだ」

「バイトなら、あと20分もしないうちに終わりますよ。すぐそこに公園があるんで、そこで待っててもらっても良いですか?」

「き、清隆さん!?別に付き合わなくても良いんです!私の――」


 何かを言いかけた咲良さんを腕を前に出して静止する。行動の意図として、その先の言葉を聞きたくなかったということが大部分を占めているが、彼女とただならぬ関係であろう男と対峙する覚悟を決めた決意表明でもあるのだ。ここは譲れないし、譲りたくもない。


「清隆君ありがとう。咲良は先に帰っててもいいよ。男だけで話したいこともあるしさ」

「そういう訳にはいかないでしょ!清隆さん、本当にごめんなさい。急がなくても大丈夫ですから、お仕事頑張ってください!」


 咲良さんはそう言い残すと、まだこの場に残りたそうにしている男の手を掴んで、半ば引きずるように公園の方へ歩き出した。強さは咲良さんの方が上なのか。しかし、今はそれよりも気になることがあった。


「……咲良って呼んでたな」


 それに咲良さんもあの男に話しかける口調が俺のそれとは違っていた。第1ラウンドは俺の負け。ぐぬぬ。まだだ。まだ終わってないぞ。踏ん張れ俺!


「あの2人なんだっんすか?」


 店内に戻った俺を迎えたのは、野次馬根性が垣間見える岡崎君だった。修羅場の予感を彼も感じ取っていたらしい。ここはクールにいこう。空調の冷たい風が俺を冷静にしてくれる。


「女の子の方が俺の友達。男の方は知らん」

「うわーお。先輩、俺の知らないところで大人の恋愛してたんすね……」

「何がうわーおだ。ドラマの見過ぎだ」


 そんなドロドロした恋愛は遠慮したい。だが、いざとなれば俺だって。

 あの男がどんな意図があって俺のことを探していたか知る由もない。今言えることは、咲良さんとの関係性を保っている細い糸を維持できるかどうかは、この後の戦いにかかっているということだけだ。


 残っていた仕事を片付けている間にシミュレーションを繰り返す。

 仮に、決してそうではないだろうが仮にあの男が咲良さんの彼氏だったとして、俺に会いたかった理由はなんだ?やはり、これ以上ちょっかいを出すなということか?

 それにしてはフレンドリーだったような気がするが、憎き相手だとしても仕事中の相手には手を出さない常識はあるらしい。

 もう1つの可能性として思いついたのは、彼女が良くない輩に絡まれているものだ。これであれば、(かたく)なに俺に連絡をしたくなかったのも頷ける。

 咲良さんの砕けた口調が気になるが、それほどまでに深い付き合いなのかもしれない。あの男の態度も俺を油断させるための隠れ蓑なのだろう。もしそうであれば、彼女のために命を燃やす覚悟は出来ている。


「んじゃ岡崎君、後はよろしく」

「健闘を祈るっす」


 戦地へ赴く兵士を見送るような眼差しを浮かべて、岡崎君はバックヤードへ戻る俺を見送ってくれた。それが、背中を押してくれたようで、ありがたか感じた。

 扉をくぐるのと同時に制服のシャツを脱いでロッカーへ突っ込む。そして、私物を取り出すと扉の内側に付いている鏡で自分の表情を確認する。酷い顔だ。目つきが悪い。

 気合を入れるために両手で顔を叩いて数秒そのまま動きを止め、自分に大丈夫だと言い聞かせる。それしか心を落ち着かせる方法を知らない。


「よしっ!」


 気合を入れて公園へ向かう。バックヤードを出る時に夜勤のおばちゃんから貰った飴玉を口に含むと元気が出た。こちらの事情は一切分からないだろうに「頑張りなさい」と下手なウインクもしてくれた。

 糖分を補給して頭も冴えている!行くぜ公園!掴むぜ未来!

 次回更新は7月26日(火)の予定です。

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