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第36話 来訪者④

 巨乳のお姉さん。甘美な響きに心が惑わされているうちに来客があったことで、その呪縛から解放されるきっかけになった。

 着前まで俺たちがそんな話をしていたなんて知らないであろうお客さんは、他の商品には目もくれず雑誌コーナーへ一直線に向かった。いつも漫画雑誌を立ち読みしている名もしれない学生君だ。良いタイミングで来てくれた。

 

「いらっしゃーす」


 岡崎君は張り切って仕事に取りかかっている。よほど合コンが彼の活力になっているのだろう。「頼みますよ!先輩!」なんて調子の良いことを言った岡崎君の気持ちは良くわかる。少し前の俺も同じだったから。


 あの合コンに行ってから、俺の人生に色がついた。これでに好きな人がいなかった訳ではない。一応、告白して振られたことだってある。だが、今になって考えてみるとその人のことが好きだったから告白に至ったのか、その過程には疑問が残る。

 あの頃の俺は、夏祭りに女の子と行くことが最大の目的となっていて、肝心な相手のことを思いやることをしなかったのではないか。おそらくそのことを見透かされて、振られたのだろうが相手に対して失礼なことをしたと思う。

 合コンに参加したのも半ばそんな気持ちだった。誰かに出会うためではなく、とりあえず誰かと付き合いたいという欲望が先行した形だ。それも1つの恋愛なのだろうが、自分に自信がない俺にとっては向いていないことを改めて思い知らされた合コンでもあった。トイレに行っている間にみんなに置いてかれたし、そういうことなのだろう。

 しかし、そのおかげと言ってはなんだが、それが咲良さんと仲良くなるきっかけになったのは間違いない。その点だけで言えば参加して正解だったのかもしれない。


「まーた怖い顔してるっすよ」

「ん?そ、そうか?」


 岡崎君に話しかけられてハッとする。無意識のうちに内なる世界に思考を展開していたようだ。立ち読みをしていた学生君もいつの間にかいなくなっていた。


「ま、俺には関係ないから何でもいいんすけど。ゴミ出しおなしゃすね」

「お、おう」


 仕事のことになると岡崎君は急に淡白になる。もう品出しに行ってしまった。相変わらず客もいないし、やれる時に仕事をこなすのは素晴らしいと思うが、さっきまでとのギャップについていけない。以前、「これがジェネレーションギャップってやつですか?」と店長に尋ねたことがあったが、ただただ微笑むだけだった。


 店内に設置しているゴミ箱のから袋を取り出すと辺りに漂う悪臭(グッドスメル)。この時期は、これがあるから嫌だ。しれっと俺に仕事を任せた辺り、抜け目がないやつだ。案外こういうやつの方が成功を収めたりするから、人生ってのは分からない。

 ぶつぶつと文句を言いながら、店内のゴミもまとめて裏口から外へ出る。今夜も月明かりを頼ることはできないようだ。咲良さんが家に来た日もこんな天気だった。バイトを終えて帰るだけだった俺に突如現れたサプライズ。あの時と違って、彼女がここに来る用事もない。


 また咲良さんのことを考えている自分に気がついて、空いている左手で後頭部を掻きむしった。

 まいったな。ちょっとしたことでも、すぐに咲良さんと結びつけてしまう。この連想ゲームに関して最適化された頭脳は、いつにも増して絶好調だ。時間があれば咲良さんのことを考えてしまう。なるべく意識しないようにはしているが、そう簡単に割り切れるほど人間的に成熟していないし、したくもない。恋愛の面においては、ようやく歩き出した子どもと同じなのだから。


 ゴミ袋を店で管理している集積所へ置いて、パンパンと手を払った。もうじきバイトも終わる。この間のようにガッツリした夜食も良いが、熟成されたゴミの臭いが鼻にこびりついて離れない。これを回収してくれる業者の方には感謝だ。面と向かって行ったことはないが、気持ちだけでも伝わって欲しい。


 間もなく勤務時間のおばちゃんに挨拶をしてから店内へ戻ると、岡崎君が落ち着きがない様子で忙しなく歩いていた。急な腹痛に襲われているのだろうか、俺が戻らないと店員がいなくなってしまうから我慢していたのか。律儀なやつめ。


「あ!やっと戻った!」

「おう!もうトイレ行ってきていいぞ」

「何言ってんすか?別に行きたくもないっす」


 いかん。岡崎君が冷めた目で俺を見ている。訳の分からないことを言う人を見るような目で俺を見ないでくれ。よくある間違いじゃないか。


「先輩って可愛い女の子と知り合いなんすね」

「藪から棒になんだよ」

「もう合コンは誘わないっす!あーあ。巨乳のお姉さんも残念がるだろうなぁ」


 わざとらしく肩をすくめる岡崎君。まるでこの世の終わりに立ち会っているかのような演技がかった仕草だ。巨乳のお姉さんは残念だが、俺がいないうちに岡崎君をこうなってしまった原因はなんだ?

 そもそも俺に女性の知り合いなんて数えるくらいしかいない。咲良さんだろ。香澄さんだろ。……かんぱねらのおばさんもいるなぁ。なぜだろう目から涙がこぼれそうになる。


「ついさっき、おとなしめの女の人が先輩を訪ねて来たんすよ。いいなぁいいなぁ。俺にもバイト終わりに待っててくれる人がいればなぁ」

「なぁ岡崎君。さっきから何を言って――」


 ハッとして道路側を見る。一面ガラス張りになっているスワンポート。それ越しに咲良さんと目が合った。会釈する姿も可愛らしいのだが、なぜ彼女がここにいるのか分からない。そして、その隣にいる人の目的も。

 そう、俺のもう1つの悩みである謎の男性は、そこにいることが自然だと言わんばかりに咲良さんの隣に立っていた。

 爽やかな笑顔を浮かべ、俺に対して親しげに手を振っている。


 対照的に一連の出来事の処理が追いついていない俺は、ぎこちなく手を上げ、余裕があるふりを演じるのがやっとだった。

 次回更新は7月23日(土)の予定です。

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