第31話 雨宿りの夜③
「ハロウィンファクトリーの皆さんで『キャンディーは雨の如く』でしたー!!」
俺が着替え終わるのとハロファクの新曲が終わったのは、ほぼ同じだった。心にしみる神曲だ。TVサイズに編曲されたであろうことが悔やまれる。これを見た全国の老若男女から新たなファンが生まれることを切に願う。
テレビの画面では、司会者が最初からハロファクがいなかったかのように、別のアーティストとのお喋りに夢中になっている。エンディングには再び登場するだろうが、望が録画してくれているならば、後でゆっくり堪能しようではないか。今は、咲良さんを待たせているのだから。
「咲良さん、ごめん待たせちゃったね」
ゆっくり戸を開けた俺は、何事もなかったように自然な振る舞いを心がける。さっきのは事故だし、幸い下は履いていた。何も問題はない。おっけーおっけー。減るもんじゃない。
「あ、あの、さ、さっきは、ごめんなさい!着替えているとは思わなくて」
「いいのいいの。気にしてないからさ。散らかっているけど、こっちへどうぞ。適当に座っててよ」
俺は1歩踏みだすと、奥の部屋への道を空けた。目を合わせてくれない咲良さんは、案内に従ってテーブルの近くへ腰を下ろす。点けたままのテレビを見ているものの、どこか落ち着かない様子。それほど俺の体は刺激的だったようだ。そういうことにしておこうじゃないか。
電気ケトルでお湯を沸かして紅茶を入れる。もちろんティーパックだ。日に日に気温が上がっているものの、今日のような天気が悪い日はまだ寒い時期だ。それに2人とも雨に濡れている。彼女に対する気遣いでもあるが、単純に俺が温かい飲み物を飲みたかったのもある。
コンロの上に放置していた袋からお菓子を2つ、3つと拾い上げてマグカップと共にトレイの上へ乗せた。和菓子には緑茶だと言いたいところだが、この家にそんな気の利いた物はない。
いざ、運び出すとバランスを取ることが難しい。1人暮らしじゃあまり使う機会がないから、カップがトレイの上を少しだけ滑るように移動すると声が出そうになる。冷や汗をかきながら10歩もない道のりを慎重に歩いて、テーブルの上にトレイを置いた。
「紅茶でよかったかな?良かったらお菓子も食べてってよ」
「ありがとうございます。このお菓子どれも美味しかったです。どこにあるんですか?」
「え!?もう全部食べたの!?」
咲良さんに渡したのも俺のと同じくらいの量が入っていたはずだ。この量を1人で……?流石に友達とシェアしたのだろう。そうでなければ3食和菓子コースだ。
「え?……あ!?あー、そのー、とても美味しかったですし、早く食べないと固くなっちゃうと思って……すみません」
「ごめんごめん。全然悪くないよ。逆に嬉しいかな」
「嬉しい……ですか?」
「いやさ、自分が好きなものをそれだけ喜んでもらえると嬉しいよ。7188の前の道を商店街を出るまで西に真っ直ぐ進んで、道路を渡ったところにあるから行ってみて」
「はい!今まで食べた中で1番美味しいお饅頭でした」
咲良さんは間違いなく、おやっさん達に気に入られるな。その笑顔で同じことを伝えたら、買った商品以上におまけを付けられそうだ。というか、そうなるな。そう言い切れる。その光景を思い浮かべると自然と笑顔になる。
俺も座って饅頭をひと口で頬張ると口の中に甘味が広がる。若干の乾燥しているような気はするが、まだまだそんじょそこらの饅頭には負けない美味しさだ。流石おやっさん。
紅茶を飲んで咲良さんも落ち着いたようだが、その視線は時折り俺でもテレビでもない場所に向いている。
「……やっぱり気になる?」
「え!?いや、衣装が可愛いなぁって。みんな同じ方ですよね?」
そこにあるのは俺特製の祭壇。台座に飾られているのは、その時々の衣装をまとった平筒菜美希のアクリルスタンドだ。クラシカルからゴシックまで、幅広いジャンルの服を着こなしている。
布をかけて隠すという手を考えなかったわけではないが、びっきーに対してそれをする選択を取ることは出来なかった。これは俺が俺であるために必要なものなのだ。
「平筒菜美希って言っても分からないよね?……ハロウィンファクトリーって知ってるかな?」
「知ってますよ。清隆さんに詳しく教えていただきましたし」
そう言って、くすくすと笑う咲良さん。そうだった。あの夜、酔い潰れた俺はハロファクのことを語ったらしいのだ。世間では未だにアイドルが好きな事に対する風当たりが強い。俺の口止め依頼を彼女はあっさりと了承してくれている。
「あー……そうだったね」
「安心してください!誰にも話してませんから!あのー、せっかくなので見ても良いですか?」
「えっ!……いいよ!」
「やった!ありがとうございます!」
予想外の提案に戸惑ってしまった。意外とこういうジャンルにも興味があるのかな。もしそうなら、布教せねばならない。まずは様子見だ。事を急いては沼にハマる前に逃げ出してしまう。
咲良さんは早速、右から左から様々な角度から祭壇を観察している。俺はその様子を観察する。観察する人はされる定めなのだ。咲良さんは「うわー……可愛い……」と呟きながら、真剣な眼差しでびっきー達を見つめている。そんな咲良さんが可愛い。
「あのー……清隆さんは、こういう人がタイプなんですか?」
「……へ?いや、まぁ……うん。そういうことになるのかな?」
こちらに向き直った咲良さんから投げ込まれた直球は、俺に考える隙を与えない。ここでキザったらしく「タイプなのは君だよ……」なんて言えた日には、何者にだってなれる気がするが、今の俺には今の俺を取り繕うので精一杯だ。
「ふーん……そうなんですね。ちなみにどれが1番のお気に入りですか?」
「あ、あの、その、右から2番目のやつです……」
それは平筒菜美希5th anniversary Liveの衣装だ。なにより、ハーフアップって可愛いよね。発売当時はまだファンではなかったから、オークションサイトで競り落とした一品だ。ハロファクの人気が高まるにつれて、徐々に値段も上がっている。早めに買っておいて良かったなぁ。
「それって衣装ですか?それともメイクか髪型ですか?」
「えーっと、髪型です……」
先程から、咲良さんの目線は、びっきー5th anniversary version に釘付けだ。俺は背中越しに回答を送っている。彼女が、今どんな顔をしているのか想像もつかない。
もしかして取り調べが始まっている感じですか?




