第26話 スワンポート②
「おっす!望から今日ここで働いてるって聞いてさ、家の近くだし来てみた!」
「なんだ冷やかしかよ……」
珍しい時間帯にお客さんだと思ったら、寺嶋大我だった。学友といえども俺の黄金のルーティンを壊したことは万死に値するぞ。今夜はハロファクが久しぶりにテレビに出るのだ。先日、ライブで披露したという噂の新曲を披露するらしい。退勤後ダッシュで間に合うかどうか。遅れるわけにはいかない。
「随分なご挨拶だな。いちおう客だよ?」
「はいはい、こちらがお探しののメンズシェーバーでございます」
入口近くの棚の一角に少なくとも数年は売れていない電動シェーバーが鎮座している。出張のサラリーマン向けの商品だと思うが、ローカルコンビニゆえに地元の人がメインターゲットなこの店において、誰かが手に取ったところすら見たことがない。すっかり日に焼けた外箱が哀愁を感じさせる。
「いや、探してないし……」
「買ってくれよ。清掃の時、地味に邪魔なんだよ。他の商品と大きさ違うしさ。ったく、何を思って仕入れたんだか」
「全部聞かれてたけど大丈夫?」
「へ?いったい誰にぃ!」
気がつくと俺の隣に店長がいた。いつの間に。それより、大我は店長のことしっかり見えてるのか?もしかして霊能力者なのか。妙に勘が良い時があるし、そういう家系だったりするのかも。
「清隆君のお友達?こんな店だけど、ゆっくり見て行ってねぇ」
「はい、お気遣いありがとうございます」
店長はそう言い残すと、またバックヤードへと戻って行った。いつもであれば、この時間は日報を作成しているはずだから油断していた。次出てくる時は、何かしらの合図を所望する。
「……やっちまったかなぁ?」
「大丈夫じゃない?ニコニコしてたみたいだし」
「そうだと良いんだがなぁ」
残念ながら、ニコニコしているのはいつものことなんだよ。もしかして、大我は店長の感情までバッチリ分かるのだろうか。そうであれば、A級能力者と名乗ってもいいと思う。俺が認定してあげよう。
そして、店長が俺に対して無反応だったことが気になって仕方がない。せめて怒っていないことを祈る。今度、店長が好きなかんぱねらの饅頭でも買ってこようかな。守るぜ時給!
「それでお客さまは何をお探しですか?」
「急に店員になるなよ。なんか調子狂うな」
「あんなことあったんだから、少しでも売上に貢献しとかないとだろ?店のために頑張ってますよー!」
「どこに向かって言ってんだよ……」
「そりゃあ店長に向かってに決まってるだろうよ。かごはそこだから、買うもの決まったらまた呼んでくれ」
いつまでもふざけているわけにはいかない。大我が店内を見ているうちに、俺も俺で仕事をこなさなければ。
大我と別れて、レジの方へ向かう。商品を選ぶのにそう時間はかからないだろう。フライヤーの清掃準備だけでもしておこうかな。
「清隆ー。これお願いー」
「はいよー」
洗剤を下の棚から引っ張り出したところでタイマーストップ。意外と早い。どれ作業はいったんここまでだ。どれどれ、大我の今夜のご飯はなんだろう。おにぎり、カップラーメン、それとも当店オススメのカツカレーだろうか。
「……これ1人で飲むの?」
カウンターに乗せられたかごの中には、俺の予想を裏切って大量の酒と少しのつまみが入っていた。大我とも飲みに行ったことはあるが、こんなに飲むタイプではなかったはずだ。
「いや、まさか。彼女が家に来るからさ、買出し」
「あらー。羨ましいこって」
少しの嫉妬心を込めながら商品をスキャンする。あと数時間で今日の終わりを迎える俺に対して、大我達の夜はこれからなのだろう。ナイトフィーバーってやつか。
「そっちだって、咲良さんと宅飲みすれば良いだろう?」
「最近知り合ったばかりだし、いきなりそんなのハードル高いだろうが」
2人で飲みに行ったことはあるものの、酔いが回った勢いだったところもあるし、周囲の雑音のおかげでなんとかなっていたのだと思う。
改めてかごの中を見ると、大我のやつビールだけではなく、アルコール度数が高い割に甘くて飲みやすい酒まで揃えてやがる。自分のためか彼女のためか分からないが、抜け目がないやつだ。
「……知り合ったのが最近?あれ?聞いてた話と違うな」
「聞いてたって誰にさ。勘違いじゃないの?」
咲良さんと会ったのは間違いなく、人生初めての合コンの時のはず。……はずだよな?同じ大学だし、道端で偶然すれ違ったりしたことはあるかもしれないが、お互いのことを認識したのはあの時に違いない。
「うーん。パッと思い出せないし、誰かの話と混ざってるのかもな。俺はまだ咲良さんに会ったことないし。今度紹介してよ」
「彼女に言っていいならいいぞ。では、2,560円になります」
「それは勘弁。意外と焼き餅を焼くんだ。細かいのないから3,000でお願いします」
「はい、お釣りとレシート。ありがとうございました」
袋に詰め終えたそれを大我へ渡す。なかなか重そうだ。2人で仲良くやってくれ。
「じゃあ、また来るよ。いる時間帯は何となく分かったし」
「今日はピンチヒッターなんだよ。俺がいる時なら、もう少し軽い買い物だとありがたい」
「あーあ。そんなこと言っていいの?見られているけど?」
「そんなこと言って騙されないぞ、この時間店長は出てこないんだぁ!」
レジから真正面に見えているバックヤードの入口。なんと、店長がそこから覗き込んでいるではないか。それにしても普通の登場の仕方はできないのだろうか。大我は普通に気付けているから、俺だけの問題だったりするのか?いや、今の大我の位置からは、棚が邪魔になって死角になっているはず。
「よく店長が見てるの分かったな。俺は全く分からんかったぞ」
「それそれ」
大我が示したのは、防犯カメラの映像が映し出されているモニターだ。なるほど。気づいていたなら教えてくれよ。
「そんじゃまたな」
袋の重さに揺られながら、大我は退店する。店内は再び有線ラジオの音だけだ。さて、フライヤーの清掃に取り掛かるか。そうだ、その前にひと仕込みしておこうか退勤まであと1時間。もうひと頑張りだ。




