第27話 スワンポート③
ゴミをまとめて外の集積所へ持っていく。これが終われば今日の業務も終了だ。今夜は曇りのようだ。いつもは薄暗いここは、月の光でもなければ、物がはっきりと見えることがない。
それにしても、今日のバイトは大我が来たこともあって、いつもよりも時間の流れが早く感じた。労働内容は同じだが、少しだけ得した気分だ。
「よし!終わった終わった」
ホームセンターで売っているような物置が、この店舗のゴミ集積所だ。簡易的だが、なかなか使い勝手は悪くないと思う。その中へゴミを片付け、パンパンと両手を擦るように払う。これでひと段落だ。ハロファクのお気に入りの曲を鼻歌で歌いながら店内への道を引き返す。いつも足をぶつけるバケツも今夜はへっちゃらだ。調子が良いぞ!
「………………」
「やぁ清隆君。お疲れ様でした」
「……俺のことからかってます?」
「えー、そんなことないよぉ」
裏口を開けると、帰り支度が済ませた店長が待ち構えていた。無言なのはあきれているからではなく、単純に驚きのあまり声が出なかったのだ。寿命が縮んだ気がするぞ。絶対根に持たれているな。お饅頭作戦は決行しなければ。
店長は、そんな俺のかも知らずに「またねぇ」と言って帰って行った。バケツを蹴っ飛ばしたような音が聞こえたが、聞こえないふりをしておこう。あれ地味に痛いんだよなぁ。
バックヤードから店内を見てみると夜勤のおばちゃんが既に接客中だった。彼女は長年勤めているエキスパートだ。動きに無駄が全くない。歳を重ねるごとに洗練されていったとは、彼女の談である。それに岡崎君のように土壇場で休んだりしない。店長がたまには休んだらと心配するくらいなのだが、今日も元気に労働に励んでいる。バイト仲間内で一目置かれるのも頷ける。
後続に無事バトンを渡せていることを確認してから、従業員ごとに用意されているロッカーに指定のシャツを脱いでしまう。荷物を取り出して、ロッカーを閉めるといよいよバイト終了。
うーん。圧倒的開放感。よしよし、ハロファクが出演する番組の放送までまだ時間がある。後はさっき仕込んでおいた物を受け取って帰るだけだ。
「お疲れ様でーす。おばちゃん、それお願い」
「お疲れ様。またこれにするの?1人暮らしなんでしょう?栄養足りているか心配だわ」
レジの後方に置かれていたのは、フライヤーを片付ける前に俺が仕込んでおいた特製カツカレー。通常1段のカツの並びが倍の2段になっている他、福神漬けを増し増しだ。労働の後にこれを食べるだけで、何にも変えられない至福の時間が訪れるのだ。
「野菜ならお昼に野菜ジュースで補充したから、大丈夫大丈夫。パワーモリモリだよ」
「そんなのだめよ。こないだ通販で買ったやつ栄養に良いらしいから今度持ってきてあげるね」
「あー……嬉しいけど気持ちだけで大丈夫です」
「あらー、遠慮しちゃダメよ。若いんだから」
「ははは……」
本当に気持ちだけで十分だ。少し前にお裾分けしてもらった謎の栄養ドリンクを飲んだ時には、動悸が止まらなくなったことがあった。おばちゃんにどこの商品なのか尋ねても、栄養があるとしか答えてくれなくて、軽くトラウマになりそうだったのだ。何かにつけて栄養があると食べ物をくれるのはありがたいが、謎食品は最近遠慮中なのである。
おばちゃんとの話もそこそこに、カツカレーの代金を支払って正面の自動ドアから外へと出る。夜の冷たい空気が肺に入ると、頭も冴え渡る気がした。さて、ここから家までは徒歩10分くらい。さぁハロファクが俺を待っている。
今日、選曲されたのは『キャンディーは雨の如く』。少し前にライブで披露されたミディアムテンポの新曲だ。現地に行った人達のコメントを見るに神曲である可能性が高く、期待が持てるがはたしてどうだろうか。ワクワクが止まらないが、頭の隅では幸せそうな顔をしていた大我の顔がチラついていた。
「あーあ。今頃、大我のやつは彼女と楽しくやっているんだろうな」
店を出てすぐの交差点で信号待ちをしながら、月を相手にぼやいてみる。もちろん誰も答えてくれない。なんだろうこの虚しさ。こんな時は、ハロファクを見て癒やされるのに限るな。雲行きも怪しくなってきたし、信号が青になったらダッシュだ。
「――清隆さーん」
空耳だろうか。やれやれ、俺の感情が逆方向にフルスロットル気味だったことを察して、幻聴が聞こえてきたようだ。いよいよヤバいやつかもしれない。俺は左手で頬を叩くと、しっかりしろと自分に言い聞かせる。それでも、幻聴は止まない。それどころか、ますますくっきりはっきり聞こえてくる始末だ。
「清隆さんってば!」
「ええい!俺の雑念よ去れぇ!!」
「ひっ!」
両手を上げて雑念を払ったつもりだった。そのつもりだったのに聞こえてきたのは、可愛らしい悲鳴だった。上半身を捻って後ろを確認すると咲良さんが見えた。いったん上半身を戻して、深呼吸をすると俺の思考が走り出す。
(え!?なんで!?ここに咲良さんが!?幻聴で飽き足らず、幻覚まで見え始めたと言うのか……。うん、これは幻。これは夢。あんまり変なことをしていると職務質問されかねないし、カツカレーがこぼれてしまうぞ)
全ては夢幻だ。OK。冷静な判断は出来ている。それに幻聴も聞こえなくなった。バイト終わりに咲良さんに会えるなんてイベントが起こるわけがない。漫画やアニメの主人公じゃあるまいし。
「よし!行く、ぐゔぇ――」
青信号になったのと同時に駆け出そうとするが、服を後ろから引っ張られたようで、首が締まってしまった。情けない声を発し、その場で咳き込んでしまう。
「もう!なんで無視するんですか!」
「なんでって……まさか本物だとは……」
「……どういうことです?」
茶色い紙袋と黒い傘を持った咲良さんが、引き気味の、いや、困惑気味でそこに立っていた。




