第25話 スワンポート①
「ありがとうござーしたー」
スワンポート。旧中嶋商店。いわゆるコンビニエンスストアだ。それもローカルが付くやつ。過去には30店舗を超えるフランチャイズ加盟店があり、地域住民であればテーマソングを歌えるほどだったようだが、現在においては片手で数えられるくらいしか残っていない。最近、すぐ近くに有名コンビニチェーンが進出してきたため、ここもそろそろ……と思っていたが、案外しぶといものである。
帰宅ラッシュに伴うピークが去り、店内には有線ラジオ放送の音が響いていた。耳を傾けられるくらいの余裕が生まれてきたところだ。ピークさえ乗り切れば、客なんてほとんど来ないのが、この店の良いところ。
今のうちに清掃をしてしまおうか。立ち読みをしている学生はいるものの、客と呼べるかは微妙なところだから放っておいていいだろう。
モップを引っ張り出して清掃を始める。大手のコンビニと違ってマニュアルも何もない。いつものように自己流でパパッと片付けてしまおう。ちょうどノリの良い流行りの曲が流れてきたところだし。
この店で働き始めて1年半。田舎から出てきて驚いたのは、とにかく毎日お金が飛んでいくことだった。移動するにしても、少し休むにしても金がかかる。物珍しさもあって、とくに興味のない美術展に行ってみたりもした。そんな生活をしていたため、俺の少しばかりの貯えが尽きるのにそう時間はかからなかった。
なるべく出費を抑えるためにアパートから徒歩圏内でバイト先を探していた時に見つけたのが、このコンビニだった。地元が白鳥の飛来地として有名なため、店名に縁を感じて応募したところ、即採用。そこから俺のバイトライフが始まったわけだが、稼ぎの大半はハロファクに注ぎ込まれているのは知ってのとおりだ。
「はぁ……」
思わず愚痴がこぼれる。もちろん、愛着が湧いているスワンポートの行く末を憂いてではない。今日のバイトがなければ、今頃は咲良さんと喫茶店に行っていたはずだったのだ。本来のシフトとは異なるピンチヒッターだから、なおのこと後悔の念に駆られる。それだけではない。おやっさんの思いがこもった品々が7188に置きっぱなしなのだ。
そうであれば、断れば良いという話なのだが、本来シフトに入っていた岡崎君の親戚に不幸があったらしい。連絡が来たのは今朝だった。主に飲食面で何かと世話になっている店長直々の頼みということもあって、結果はこのとおり。
だが、俺は知っている。岡崎君の親戚は今年既に8人亡くなっていることを。たしか、この前の言い訳は、発熱と下痢だったはず。いつか見てろよ。
店長も嘘だと分かっていて休みを認めている節があるが、何を考えているのやら。単純に人手不足で辞めてほしくないのかもしれないが、真面目に働いている俺に報いてもらいたいものだ。昇給という形が良いな。
そして、肝心の岡崎君と言えば、どうせ今日もインディーズバンドの追っかけのためだろう。たしか全員が元アイドルという異色のガールズバンドだったはずだ。本人達の意向で、ファンの間ではペンライト禁止のルールがあるらしい。その割にバンドTシャツはメンバーカラー分をそろえた多色展開だ。ファンは在庫を抱えないように複数枚購入することが慣わしになっているらしい。
まぁ、過ぎたことは仕方がない。最終的に引き受けたのは自分なのだからと納得するしかない。お金がなければ遊びにも行けないのだ。俺の1時間は、咲良さんと飲むコーヒー代になると考えよう。そう思えば、モップを握る手にも力が入るってもんよ!
「今日どったの?やる気すごいなぁ」
「うおっ!」
「やだなぁ。そろそろ慣れてよぉ」
「す、すみません。そばにいるの気づかなくて」
この小柄で小太りのおじさんが、ここの店長。中嶋信彦だ。いつもニコニコしていて人当たりが良いのだが、影が薄い。ついたあだ名は座敷童子だとか。この店がやっていけているのは店長の神通力のおかげ、というのがバイト一同の見解だ。ついでに掃除もその神通力でチョチョイとやってもらえると嬉しいのだが。
「北上君を見てたら、僕も掃除したくなっちゃったなぁ。外掃いてくるねぇ」
店長が自動ドアをくぐって外へと出て行った。そのシルエットはどこかのゆるキャラのようだ。そのまま外を眺めていると、道行く人もまた店長に驚いている。その影の薄さ、世が世なら活躍出来たろうに。
立ち読みの学生がいなくなったあたりで、ようやく掃除も終わりを迎えた。腰を叩きながら、掃除した箇所を見るとうっすら輝いているようにも見える。綺麗なのは良いことだ。
しかし、結局、掃除を始めてから1人もレジに来なかった。本当にこの店大丈夫なのだろうか。せめて、俺の在学中は頑張ってもらいたいところだ。
「終わった終わった。今日も床がピカピカ平和でようござんすってかぁ」
バックヤードに用具を閉まって、肩を回しながら戻る。相変わらず特定の時間以外は客がいない。俺としては楽だから良いけど。さて、店長の方はどうだろうか。
「なっ!!」
心臓が止まるかと思った。外を見ると、店長がまるでイモリのように窓ガラスに張り付いて俺を見つめていたのだ。あまりにも奇妙な光景に言葉が出ないが、当の本人は気付かれたことが嬉しいようで、ニコニコしながら店内へ入ってくる。
「どうだったぁ?見事なもんでしょ?」
「……なんであんなところから見てたんですか?」
「えー、だって近付いて話しかけると驚かれちゃうから、気づいてもらうの待ってたんだよぉ」
「心臓に悪いんでやめてください」
「えー、そろそろ慣れてよぉ」
そう言って、ニコニコと廃棄チェックへと行ってしまった。店長なりの仕返しだったのかもしれない。申し訳ないが、まだまだ慣れそうにない。座敷童子という枠に収まらない怪物の様相を呈しているのだから。
未だに動揺する心の臓を抑えながら品出しをしていると、誰が入店したことを知らせるチャイムが鳴る。偶然だが、幼い頃よく遊びに行った実家の隣の家と同じ音なのだ。故郷を思い出してノスタルジーな気持ちになる。
「すみませーん」
「はーい。ただいまー」
珍しくお客が俺を呼んでいる。さて、もうひと頑張りだ。




