第24話 伊達青葉④
「さっきから進んでないみたいだけどぉ?ほらぁ、もっと飲みなよぉ」
「お腹いっぱいになっちゃったから、後はいいかな」
「なんでよぉ」
テーブルに置いておいたスマホで時間を確認すると、約束の時間まであと少しまで迫っていた。顔を赤くした香澄さんの誘いは魅力的だったが、酔っ払いとして咲良さんに会うわけにはいかないだろう。
「香澄さんもそのくらいにしときなよ。そろそろ時間だしさ」
「もうそんな時間らの?」
呂律が回っていない。この先の予定は彼女の手にかかっているのだが、心配になってきた。そもそも待ち合わせの場所が分からないのだ。
「日本酒さいこー!」
もうダメかもしれない。
天を仰いでいる俺に近づく人影。咲良さんだ。この状況を見かねて来てくれたのだ。その所為まさに女神の如し。
「清隆さん。お会計したらビルの前で待っていてください。香澄大丈夫?」
「大丈夫!大丈夫!お財布はここらよー」
香澄さんは、自分の鞄を乱暴にまさぐって長財布を取り出す。褒めろと言わんばかりに胸を張るものだから、目のやり場に困る。ましてや咲良さんの目の前だ。周りのお客さんもひいているじゃないか。
咲良さんが香澄さんからお金を受け取り、伝票の上に乗せるのを見て、俺も慌てて財布を取り出す。
「誘っといてアレだけど、割り勘でいいよねぇ!」
「流石に俺が出すって、そういうもんなんだろ?」
「でたでたー!別にいいって。咲良にやきもち妬かれても嫌だしさ」
「……別にそんなことないですけど」
「これでお願いします」
俺の財布から取り出したお金を置く。ほぼ半々くらい。これくらいでいいよな?
お金を受け取った咲良さんは、レジの方へ歩いていった。香澄さんは呑気に手を振って咲良さんを見送っている。
「やっぱり咲良さん怒ってるよなぁ。ここで働いているの俺には知られたくなかったんじゃないかな」
「いやぁ、あれは照れているんだな。感情が顔に出ないようにしているから、あんな仏頂面になってるのら」
「それ、信じていいの?」
「本当、本当。ワタシ、ウソつかないね!」
信じれる要素がどこにあろうか。俺が気を良くするようなことを言っているだけだと言われた方が、信憑性がある。だが、今は香澄さんの言うことが正しいことを祈るのみ。それしか生き残る道はないのだから。
咲良さんが戻ってきたため、会議は終了。不自然に無言になる俺と香澄さん。咲良さんは、そんな様子から、なんとなく察しているように見えた。
「この後すぐに帰りませんよね?」
「は、はい……」
「じゃあ外で待っててください。着替えたら行きますから」
お釣りとレシートを受け取る際にしっかりと釘を刺されてしまった。はてさて、どうしたものか。良策を思いつくには、外までの道のりが短すぎる。
♢
「お待たせしました」
「や、やぁ。さっきぶり」
「ずいぶん仲がよろしいんですね」
「い、いや、これには訳があって!ほ、ほら!1人で立てないって言うからさ!仕方がなく!不可抗力だからさ」
私服に着替えた咲良さんが、むすっとした顔をしている。
酔いが回った香澄さんに肩を貸す形で待っていたが、さっきから胸が当たって気が気ではない。嬉しい誤算……ではなく、誤解を生むような形になってしまっている。
「そーなの、この人ったら優しいろれぇ」
香澄さんはそう言って、いっそう俺の体に絡みつく。冷や汗をかくのと同時に香澄さんのぬくもりを感じてどうにかなりそうだった。
道行く人たちも痴話喧嘩だと思って好奇の目で見ているような気さえする。
「経緯は分かりませんけど、香澄が連れて来たんでしょ?」
「そうだよ〜」
香澄さんが軽い調子で答える。
やめろ、このタイミングで胸を押し付けるな。咲良さんの視線が痛いんだ。だが、意識の3割くらいが密着した柔らかい物に行ってしまう。俺だって男なんだ。許せ。
「……幻滅しました?」
その問いかけが、自分に向けられたものだと理解するのに数秒かかった。その意図が分からなかった。
てっきり冷ややかな目で見られると思っていたのに、咲良さんの反応は予想外のものだった。幻滅されたと思ったのは、こっちの方なのに。
「それは、どういう……」
「いつもダメダメですけど、今日は2人を意識しすぎて接客が最悪でしたし、それにあの時、知らないふりして清隆さんをここに連れて来たんですよ?」
なるほど。たしかに合コンの時もあまりお酒を飲んでいなかった彼女が、この店を知っていたことに疑問を持たなかったわけではない。友達と来たことがあるのだろうと1人で納得していたが、実際は違った訳だ。
自分に都合よく解釈するならば、咲良さんは俺と仲良くなるために、ホームグラウンドに誘い込んだと言うことになる。普段飲み歩かない彼女が知っている良い店が、ここしかなかったのかもしれない。そこに彼女なりの後ろめたさがあるのかもしれないが、それが何だと言うのだ。逆の立場なら俺だってそうしただろう。
「……まさかここで働いているとは思わなかったよ」
「やっぱり……そうですよね……」
「でも、俺のことを思ってここにしてくれたんだろ?それだけで嬉しいよ。幻滅するようなことなんて考えもしなかった」
今にも泣き出しそうな顔の咲良さんに、とびっきりの笑顔でそう答える。
なるべく平静を装って話しているが、内心はビクビクのバクバク。しかし、嬉しかったのは本当だ。今はそれを伝えられれば良い。
「……そうですか」
今日の全ては俺の勘違い。咲良さんとしても、あの場ではバイトのことを話せない事情があったのだ。しかしながら、今夜のことは、彼女にとって心の奥底を突然覗かれたのに等しい。この先、何と声をかけるのが正解なのだろうか。
「そんでそんで?次のデートは決まってるんでしょ?」
「へ?」
「え?」
鼻息を荒くした香澄さんが、自分の足で俺と咲良さんの間に躍り出た。多少足がおぼつかないようだが、先程よりはだいぶマシになっていた。
「へ?だの、え?じゃないよ!あんた達見てると、こっちがやきもきしてくるんだから!今!ここで!次のデート先決めなさい!」
そう言い放つと、香澄さんは咲良さんに向かって倒れ込む。咲良さんは、慌てて抱きかかえるが、その勢いに押されて、しゃがみ込むようにして受け止めることになった。香澄さんはそのまま眠ってしまったらしい。どこまでもマイペースな人だ。
「……こんな私でも」
香澄さんを見つめたまま咲良さんが、俺に届くかどうかの小さな声でつぶやいた。
「……また遊んでくれますか?」
咲良さんは上目遣いでこちらを見ていた。あとは、俺の答えを伝えるだけだ。
「もちろん。好きな喫茶店があるんです。一緒にどうですか?」
彼女の目をしっかりと見て、そう伝えた。数秒の間、彼女は何も言わずに首を縦に振る。言葉はなかったが、お互い満ち足りた気持ちになっていた。
その後は、本日の功労者をタクシーに押し込み、同乗した咲良さんを見送った。乗り込んだ車が見えなくなるまで見送った後、その場を後にする。遠くで蛙が鳴いていた。




