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第23話 伊達青葉③

「ちょ、ちょっと待ってよ」


 香澄さんと肩を並べて歩いていたはずが、俺の数歩先を香澄さんが歩いている。俺が怒らせたとか、そういうことでなはい。単純に彼女の歩く速さが俺を上回っているのだ。何かスポーツでもやっているのか?

 何度か帰宅ラッシュの波に呑まれそうになりながら、食らいついていく。彼女の連絡先は分からないから、ここではぐれたらどうにもならない。


「や、やっと追いついた」


 彼女が歩みを止めたおかげで何とか追いついたが、軽く汗をかいてしまった。

 いつの間にか雨はあがっていた。湿度の高い空気が体にまとわりつくようで、なんとも気持ちが悪い。


「ちょっと運動不足なんじゃない?良いジム教えてあげよっか?」

「それは遠慮しておこうかな」


 彼女のおすすめレベルだと、俺にはまだ早いような気がする。まさかボクシングジムではないと思うが、万が一というものがある。


「ここに咲良さんがいるのか?」

「まぁまぁ焦りなさんなって」

「だって、ここって……」


 どう見たって飲み屋街。望達ともたまに来る。咲良さんと初めて出会った合コンの会場もこの辺りだ。近くに大学があるためか、平日の夜にも関わらず混み合っているようだ。

 活気がある反面、1本道を逸れるとピンク街があるのもここの特徴だ。週末には、わざわざ電車を乗り継いで来る人もいるらしい。俺には関係ない場所だが、彼女の意味ありげな笑みが今は怖い。


「君の言いたいことは分かるよ。まぁ、安心して着いておいでよ」


 香澄さんは、それだけ言うと体を翻して飲み屋街へと入って行った。少し歩いたところで、俺が物怖じしていることに気がついたようで、手招きをしている。

 今は進むしかない。ここで帰っても手に入るのはお菓子だけ。……あれ?お菓子は?傘もないぞ。香澄さんを追いかけることに夢中で、自分が手ぶらで7188を出てきたことに今更になって気がついた。絶対童貞騒動のせいだ。


「なに変な顔してんの?場酔い?」

「こっから場酔いしてたら、店の中に入れないっしょ……。持ってた荷物、7188に置いてきちゃったんだよ」

「今度取りに来ればいいじゃない。また私と2人きりになれるかもよ」

「それは遠慮しておく」


 彼女と2人きりの空間で胸を見ない自信がない。きっとまた童貞いじりされるに決まってる。童貞自体は事実だが、それを素直に公言したら負けな気がした。「なんでよー!」と冗談混じりに怒っている香澄さんのことは無視しても良いだろう。


「まったく……。ほら、着いたよ」


 香澄さんが立ち止まったのは、居酒屋のみが入居している4階建てのビルだ。なぜか見覚えがあるような気がする。どこにでもあるビルと言ってしまえばそれまでなのだが、それよりも引っかかるものがあった。


「ここのどこに咲良さんがいるって言うのさ」


 改めてビルを見上げるが、どうしても咲良さんのイメージと結びつかない。ピンク街に行かなくて済んだのは良かったが、どういうことなんだ。


「そうがっつかないの。咲良は逃げられないんだし」

「逃げられない?」

「さぁ乗った乗った」


 先にエレベーターに乗り込んでいた香澄さんに続いて、俺も乗り込む。中は狭く、肩がぶつかりそうなくらいだ。どうしても意識がそこへ集中してしまう。

 表示されていた数字が3を示したところで、扉が開く。思い出した。エレベーターを出て右手の2件目。もはや香澄さんの案内がなくても、咲良さんの居場所が分かる。


「やっぱり……」

「あれ?この店知ってた?突っ立ってないで、とりあえず入ろうよ」


 香澄さんと共に店内へと入る。同時に響く「いらっしゃいませ!」の声。落ち着いた店内には、宮城を歌った往年の名曲が流れていた。

 奥の方から、1人駆けてくる音がした。出迎えてくれた女性は、この店の制服だろうか、甚平のような服を着ている。そして、こちらを見て絶句しているようだ。無理もないだろう。俺だって、こんな形で会うことになるとは思っていなかったんだから。


「2名様こちらの席へどうぞ〜」


 店員さん。もとい、咲良さんはひきつった笑みのまま俺たちを席へ案内した後、香澄さんへ耳打ちをして厨房へ戻っていった。注文した生ビールは違う人が運んできたところを見ると、もしかして怒らせてしまったのだろうか。


 ここ、居酒屋伊達青葉(だてあおば)は、宮城の地酒や食材にこだわったメニューが豊富なお店だ。地元を懐かしんで来店する人も多いが、ここで提供される物に魅了された人も少なくない。宮城には行ったことがなくても、第2の故郷宣言をしている人もいるらしい。そして、俺が合コンの後、咲良さんに誘われてやってきたお店でもあった。あの時は、夜遅くに酒が入っていた状態だったせいで道順を覚えていなかったが、店の中の記憶は覚えている。咲良さんとの大切な思い出だ。


「さっき咲良さんに何言われてたんだよ」


 軽く乾杯した後、枝豆をつまみながら聞いてみる。俺に聞かれたらまずいことでもあるのだろうか。


「何で清隆さんを連れてきたの!って言われちゃった。バイト先くらい別にいいじゃない。そう思わない?」

「ノーコメントでお願いします」

「なによそれ。だって北上さんも咲良の働く姿見れて嬉しいでしょ?変な誤解も解けたと思うしさ」

「それには感謝してるけどさ、咲良さん嫌そうだったし」


 咲良さんが時間を気にしていたのは、バイトがあったから。このことが分かっただけで、俺の心のざわめきはどこかに行ってしまった。香澄さんに耳打ちする姿を見た瞬間、すぐに戻ってきたが。

 香澄さんには悪いが、これが原因で嫌われてしまったら本末転倒だ。


「追加の生でーす」


 再び咲良さんの登場だ。その表情からは感情が読めない。やはり、怒っているのだろうか。

 彼女はまた帰り際に香澄さんに耳打ちをして戻っていく。悪いことではないといいのだが。


「こ、今度はなんて?」

「21時にはあがるから、待ってて。だって。」


 鬼が出るか蛇が出るか。今は祈るしかない。

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