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第19話 かんぱねら③

 何度かよろけつつも大学へと戻ってきた俺は、2号館の正面で咲良さんを待つ。

 咲良さんには、ここへ戻る間に連絡はしてみたが、返信はなかった。俺は講義中に国民的RPGのナンバリングを完全制覇するほど時間を持て余しているが、彼女は違うようだ。至極真っ当な学生らしい。


 校内は、まだ学生で溢れかえっている。勉学だけではなく、サークル活動に精を出している学生も多く残っているのだろう。話したことはないが、顔だけ分かる男女が忙しなく行き来しているから間違いないだろう。彼等も午後の講義はなかったはずだ。

 そして、気にしないように努めていたが、さっきから通りがかるそんな学生達の視線が痛い。両手に荷物を抱えてじっと立っている男がいれば、不審がられても不思議ではないのだろうが、俺だっていたいけな男の子だ。そんな目で見られるとしゅんとなる。

 目立たないように2号館の(ひさし)へ入り、建物を背にするようにしてもたれかかった。ここなら、まだマシだろう。


 空は相変わらずの天気模様だが、まだ雨は降っていない。このままいけば、おやっさんの傘の出番はなさそうだ。帰りに返してしまってもいいなと思った。

 学生の流れをぼんやり見ていると、ズボンのポケットに入れていたスマホが振動していることに気付く。電話のようだが、こう両手が塞がっていては、出ることもできない。心情的には、はばかられるが、荷物を足下に置いた。咲良さんからの電話かもしれないからだ。そこは、おやっさんも分かってくれるはず。校内の時計は、講義終了の時間を指していた。


 そうして、もたもたしているうちにスマホは沈黙してしまった。痺れを切らして諦めたようだ。スマホを取り出してかけ直そうと思ったが、建物から咲良さんが出てくるのが見えたので、それはやめた。さっきの電話は、彼女からだったのかもしれない。再度、荷物を抱えて、入口の方へ近づいていく。


「咲良さーん!こっちこっちー!」


 声に反応して、こちらに気づいた彼女は、目を見開いて驚いているようだった。これだけの大荷物だ。気持ちは分かる。


「どうしたんですか?その荷物?」


 人の波を横断するようにして、彼女はやってきた。やはり、気になるのは紙袋のようだ。


「ハンカチのお礼と思ってさ。よく行く和菓子屋さんのなんだよ」

「ええ!?そんな、申し訳ないですよ。そんなつもりで貸した訳じゃないんですから」

「いいからいいから。こういうことって大切にしないと。持てる?」

「いつもすみません。本当に気にしなくていいんですよ?」


 片方の紙袋を彼女へ渡す。白く細い腕で受け取ると胸の高さで抱えるように持った。少しだけ指先どうしが触れて、意識がそこに持っていかれそうになるが、変に思われないように取り繕う。


「今日の講義は終わりなの?」

「そうですよ。今日は朝からずっとだったので、肩がこっちゃって」

「講義室の椅子ってどこも硬いからなぁ。やんだくなるよ」

「ふふふ、ほんと、そのとおりです」

「あのー。咲良さん、荷物俺が持とうか?」

「ええ?どうしてですか?重そうに見えました?こう見えて、荷物を持つのには自信があるんです!」

「いや、そうじゃなくて。なんか紙袋と話している気分になってさ……」


 さきほどからパンパンに詰まった紙袋のせいで顔がほとんど見えていない。茶色い袋が話しているようで、会話に集中できない。いや、渡したのは俺なんだけどさ。


「えー。そうですかぁ?」


 ひょこっと顔を見せてイタズラっぽく笑って見せる。


「渡しておいてなんだけど、預かるよ。ハンカチも返したいから」

「あ、そうでした。これじゃ受け取れませんね。でも、渡してしまったら清隆さんの手が塞がっちゃいますよ。あっちに行きましょう」


 咲良さんが3号館の方角を体全体で表現する。なるほど。あそこにはベンチがある。荷物を置くのにぴったりだ。しかし、雨が降りそうだから、食堂でも良い気がする。今の時間ならフリースペースとして使えたと思うが、せっかくの彼女からの提案だ。乗らなければ失礼だろう。


 移動した俺たちは、ベンチに荷物を下ろし、俺だけかもしれないが、久方ぶりの再会を喜んだ。顔を合わせて談笑するだけで、こんなにも幸せな気分になれるとは、なんとも不思議なものである。


「そうだ。忘れないうちにっと」


 下ろしていたリュックの中からハンカチを取り出して咲良さんへ渡す。クローゼットの奥の奥から引っ張り出したアイロンのおかげで皺もない。俺の考えうるベストな状態だ。


「わぁ……こんなに綺麗にしていただいて、ありがとうございます。清隆さんってマメな方なんですね」

「そうかな?」

「そうですよ。きっと親御さんも素敵な方なんでしょうね」

「いやいや、そんなことないですよ」


 自分の親が褒められるのは、非常にむず痒い。だが、咲良さんに良い印象を与えられたという点では、誇るべき存在だ。

 俺の親は、テストの点が悪くても怒られなかったが、こういったことには厳しい。朝の挨拶を返さないと、怒られるから気をつけろ!

 そんな両親から教わった恋愛の極意がある。恋愛すなわち、イケイケドンドン。これまでの俺であれば、尻込みして、このまま解散の流れだろうが、この雰囲気ならいける。その確信がある。今日までの積み重ねを信じろ!イケイケドンドン!


「さ、咲良さん。この後、一緒にご飯でもどどどどう?」

「……ごめんなさい。今日はちょっと……その……すみません」


 既に荷物をまとめていた彼女は、チラチラと校内の時計を気にしている。何か予定があるのだろうか。そうであってほしいと強く思う。


「清隆さん、お菓子ありがとうございました。雨も降ってきたので、今日はこの辺りで失礼します。また今度、私から必ず誘いますから!」


 そうして、彼女は行ってしまった。

 1人取り残される俺。降り出した雨が頬を伝う。

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