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第17話 かんぱねら①

「むふふ」


 大学に行くために多くはない服のストックから組み合わせをチョイスする。いつもであれば、全く楽しくない作業だが、最近は違う。クローゼットの扉の内側に咲良さんから貰った俺の絵を飾っているからだ。

 作品の日焼け対策にもなるし、第3者によけいな勘違いをされないで済む。四六時中自分の絵を鑑賞するなんて、大昔の貴族様すらしないだろう。

 この絵を見ているだけで、少しだけ咲良さんと繋がっているような気がする。それほどに先日は楽しかった。彼女もそうだと良いのだけれど。

 スマホのアラームが鳴り、我に帰る。そうだった。ぼんやり絵を眺めてにやける時間など残されていなかった。結局、いつもの組み合わせを選び、家を出る。この講義は遅れるわけにはいかない。進級がかかっているんだ。



 お昼の学食は今日もにぎわっている。咲良さんと来るまでB定食を封印した俺は、カツ丼を選択。肉は値段相応の硬さだが、ツユの旨さがそれを帳消しにするほどに良い。荷物を置いていたテーブルに着くと望がきつねうどんを持ってきた。


「さっきの講義、遅刻ギリギリだったな。教授が遅れて来なかったらアウトだったぞ。夜遊びが過ぎるんじゃないか?」

「お前と一緒にするんじゃねーよ」

「俺はほら、求められているところもあるから」

 

 ぐぬぬ。羨ましいが、望が一方的に好意を持たれて苦労したことも知っているから、同じ立場にはなりたくない。その気持ちは、好きな人1人から向けられれば十分だ。それが叶えば悩みもしないが。


「それより、公園デートはどうなったんだよ?もう約束の日は過ぎたよな?俺の提案バッチリだったろ!?」

「まぁ……失敗ではなかったよ」


 提案と言っても自分の推しのカードを推しただけじゃないか。結果オーライだったような気もする。しかし、素直に感謝するのも悔しい。


「なになに?清隆にも春が来たってこと?俺にも分かるように話せよ」


 A定食を持ってきたこいつは、寺嶋大我(てらしまたいが)。俺と同じ学科で、望とは高校時代からの同級生らしい。なんでも中学生の頃から付き合っている幼馴染の彼女がいるらしく、この手の話に対しては、余裕というかそんなオーラを漂わせている。望の話では、彼女はなかなか可愛いらしい。あいつが言うなら本当なのだろう。そこは信頼がおける男だ。


「同じ大学、合コン、公園、デート」

「最近、幸せそうなのはそういうことか。良いじゃん。青春しろよ」

「相変わらず余裕ですこと」

「その辺の新婚夫婦よりも付き合いが長いからな。そうもなるって。そんで?デートはどうだった?付き合えたの?」

「そんなんじゃないよ。一緒に遊んだだけ。それ以上でもそれ以下でもない。夕方には解散したし」

「あらあら硬派ですこと。良い年の男女が2人で遊んでいたら、デートって思うのが普通だと思うけどな」

「こいつの場合、硬派ってよりヘタレだろ」


 自覚があるだけに何も言えずにご飯を掻き込む。うん。美味しい。卵も半熟で良い感じだ。しっかりミツバがのっているのもポイントが高い。世間では不要論もあるが、俺は欠かせないと思う。


「またカード引いてやろうか?」

「いいって。結果は分かってるし」


 丼で顔を覆ったまま言う。そのくらいの対応で十分だろう。

 きりんちゃんさんのカードしか引かない男にはもう頼まないと決めたんだ。


「次に会う約束くらいはしたんだろ?」


 大我の問いに俺の体は硬直した。空になった丼をいつまでも持っている訳にもいかずトレイの上に戻す。そして、あらわになる俺のなんとも言えない表情。

 それは俺も気付いていた問題点。咲良さんから届いていたメッセージ。そこには、その日の感謝がつづられていた。奇しくも、翌日になってから気づいた俺には、そこから深く切り込んでいく勢いは既に失われていた。


「……まじか」

「借りたハンカチ返す約束はしたから!」


 思わず声が大きくなり、周囲の学生が何事かと振り返る。視線を集めた俺は、ばつが悪くなって椅子の上で小さくなる。

 既にこの広い食堂の中で、俺のことを気にしている者などいない。それでも人目が気になるのが俺という男だ。


「いつ返すことになってんの?今日?同じ大学なんでしょ?」

「いやぁ。それが決まっていなくて。選択したハンカチ自体は持ってきているけどさ」

「望」

「おうよ。そんなんだろうと思ってた。ちょっと待ってな。最後にお揚げ食べちゃうから」


 大我とアイコンタクトで何かを通じ合った望は、きつねうどんを綺麗に平らげて、どこかへ行ってしまった。

 残される大河と俺。大我は、豚の生姜焼きのタレを千切りにされたキャベツに絡めて食べている。


「これ何の時間?」

「今は座して待つのだ。すぐ戻ってくると思うよ」


 味噌汁を飲み始めた男は、黙ってしまった。手持ち無沙汰の俺は、コップの水をじっと見つめる。表面に浮いた油が不味そうだと考えていると、望が戻ってきた。まだ5分も経っていないはずだ。


「清隆に朗報だ」

「ついにハロファクの新曲情報でた?やっぱ、噂どおりきりんちゃんさんがセンター?」

「そしたら俺のテンションもっと高いはずだろうが。咲良さんの方だよ。今日、大学に来ているって」

「そりゃそうだろう。ここの学生なんだから」

「そういうことじゃないっしょ」


 至極当然のことを重大発表のように伝えてきた望に既に意図を察している大我。

 咲良さんが大学に来ていることが朗報とな。考えろ考えろ。


「あっ。ハンカチ」

「そう、それ」

「なんで清隆は、こういうことになると察しが悪くなるのかなぁ」


 大方、望の女の子ネットワークで探りを入れたのだろう。ありがたい反面、かなり照れ臭い。


「咲良さんは今日3コマだけみたいだから。終わる頃に2号館前で待ってろ。連絡も入れておくといいかもな」

「ただハンカチ返すんじゃなくてお礼の何か買っとけよ。清隆は午後講義ないでしょ?」

「おーけおーけ。分かってるって。となれば、善は急げだ。2人ともありがとな!」


 約90分後には、咲良さんと会う機会があるかもしれない。2人の友人にプッシュされた今の状態なら次に会う約束も取り付けられるはずだ。そんな気になってくるから友情パワーも案外捨てたもんじゃない。

 空の丼を乗せたトレイを片付けて早足で外へと向かう。食堂の扉をくぐるタイミングで、望が何か言っていた気がするが聞き取れなかった。大切な用事であればメッセージが届くと思い、そのまま大学を後にした。

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