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第16話 公園デート(仮)④

「あ、あの……これは、けっしてふざけたわけではなくて」


 俺の実力がこの立体感のない木のようなものと謎のキャラクターなのだ。スケッチブックを回収しようにも彼女がそれを拾い上げてしまったので、もはやそれも叶わない。顔が燃えるように熱い。声を発しようとするが、これ以上思うように口が動かなかった。


「清隆さん……」


 ああ、これまでか。咲良さんの体が小刻みに震えているようにも見える。噴火する何秒前なのだろうか。彼女の顔はスケッチブックに隠れていて、どんな表情をしているかうかがいしれない。


「これすごく良いですね!楽しんで自由に描いているのが伝わってきて、見てる私まで楽しくなってきます!」

「無理に褒めなくてもいいんだよ?黙っててごめんだけど、昔から絵が苦手で……」

「いやいや!とくにこの猫だか犬だか分かりませんけど、とてもキュートです!そして、この木も生き生きとしていて、楽しんでいないとこの線は描けません」


 ごめん。それ、ハリネズミのつもりなんだ。でも、なんだか結果オーライって感じ?上手いか下手は一旦置いておいて、楽しんで描いたのは本当だ。


「ちょっと個性的なところはありますけどね」

「描いているうちにテンションが上がっちゃって。なんだか恥ずかしいな」


 自分が表現したいようには描けなかったが、これはこれで味があるってもんだ。褒められると急にそんな気になるから不思議だ。芸術的なことは分からないけど、少しでも俺の感情が伝わったというのなら大成功なのではないだろうか。


「なんでもそうですけど、楽しんでやるってことが大切だと思うんです。上手いかどうかはおまけ。って自分に言い聞かせているんですけどね」

「それは素敵な考えだと思う。それにそう言ってもらえると気が楽になるよ。絵を描くこと自体は嫌いじゃないみたいだけど、周りから下手下手言われると、どうしても苦手意識が勝っちゃって」

「そんなことは勝手に言わせておけばいいんです!楽しめるってだけで才能があるんですから、もったいないと思います!望さんの言うとおり素敵な絵です」

「……ありがと」


 強い人だなと。シンプルにそう思った。もしかすると彼女自身の経験から来ているものなのかもしれない。

 もったいないか。

 ハロファクのメンバーのファンアートを見ると俺もこんなふうに描けたらなと思うことは多々あった。投稿している人たちのファンとしての熱量が伝わってきて、それを表現できていることが堪らなく羨ましかったのだ。なにごとも挑戦なのかもしれない。


「咲良さんはなんの絵を描いていたの?ずっとあそこにいたみたいだけど」

「あんまり人様に見せられるような腕前ではないんですが……少し待っていてください」


 急いでベンチへと戻った彼女は、自分のスケッチブックを持って戻ってくる。その色白な肌から予想はしていたが、素人目にも普段あまり運動をしていないと分かる動きだった。


「……どうでしょうか?」

「……これって」


 受け取ったスケッチブックから目を離して、咲良さんの顔を見るが、彼女は顔を横に向けていて視線が合うことはない。両の手も体の横で拳を握り、固く結ばれている。

 改めてスケッチブックを見る。描かれていたのは、紛れもなく俺。上から見ても下から見ても俺。それも絵を描くことに夢中になっている俺だ。少しにやけ顔なのが再現性が高いと言うべきポイントなのだろうか。


「む、夢中になっている姿がとても輝いて見えたので……つい」

「いや、驚いた。咲良さんって凄く上手なんだね。誰に見せたって俺だよ。もっとかっこよくセットしてくれば良かったな」

「そ、そんなことしなくても大丈夫です!自然体が良いんですから!」


 顔が沸騰するように熱くなる。急に彼女の顔が直視できなくなって、視線を逸らした。彼女がどう思って、そう発言したのか分からないが、俺の心拍数を上げるには十分だった。

 通りすがりの人には、どう見えていたのだろう。スケッチブックを持った男女のネタ合わせ?それとも劇団員の練習?いずれにせよ自然体ではなかったと思う。


「もし良かったら、お互いの絵を交換しませんか?」

「え?こんな上手な絵をもらえるなら嬉しいけど、俺のはこんなだよ?」

「清隆さんのが良いんです。逆に私のなんかで申し訳ないですけど、今日の思い出ってことでどうでしょうか?」

「そういうことなら、こっちからお願いしたいくらいだよ」

「スケッチブックは差し上げます。もし、気が向いて絵を描いたら見せてください」

「それも悪くないかもしれないな。絵を描くの好きになりそうだし」

「このまま好きになっちゃいましょう!」


 その後は、屋台でパッタイを食べたり、どこかの国に伝わる演舞を鑑賞したりしたが、これってまるでデートじゃないか?


 このことに気付いた瞬間、俺のヘタレっぷりがフルスロットル。日が暮れてきたタイミングでそのまま解散の流れになった。意識しすぎて駅で別れる時でさえ、顔を直視できなかった。動きもぎこちなかったことだろう。


 彼女はどんな顔をしていただろうか。俺の下手くそな絵を大事にしてくれると良いのだけど。もちろん咲良さんの絵は家宝にする。自分の絵だから部屋に飾るのは躊躇われるが、そこはどうにか考えようか。


 電車に揺られながら、いつものようにSNSでハロファク情報を確認する。そろそろ新しい楽曲が発表されるという噂がファンの間で流れていて、見逃すわけにはいかない。ファンの誰かの発信ではなく、公式の情報を1番先に見たい。


 ひと通り確認が終えようとしたところで、スマホの電源が切れる。日中の使い過ぎが原因だろう。行列に並んでいる間、ずっと使っていたので、この型が古いスマホは限界を迎えてしまった。


 久方ぶりのスマホのない時間。頭に浮かぶのは咲良さんのことばかり。

 今日1日、無意識のうちに体に力が入っていたのかもしれない。自宅に入ったとたん疲れが出たのか、睡魔に襲われ俺はそのまま寝てしまう。

 咲良さんから連絡が入っていたことに気付いたのは、スマホが復活した翌朝のことだった。

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