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第15話 公園デート(仮)③

「さて、この辺りにしましょうか」


 咲良さんが、ポンっと手を叩いて提案をする。肩から下げていたバッグを近くのベンチへ置くとその隣へ腰掛けた。俺は何が何だか分からないまま立ちつくす。


「え?なにするの?」

「いいから座ってください」


 彼女がここに座れと座面を叩く。ただそれだけなのにシチュエーションがそうさせるのか胸がときめく。言われるがまま隣に座るが、彼女との距離は拳2つ分離す。肩が触れそうな距離感では、俺の心がもたない。そう判断した。


「はい、これどうぞ」


 そう言って渡されたのは小さめのスケッチブック。中身は白紙だ。とりあえず受け取ったものの意図が分からない。彼女に聞いてみようと顔を上げると次は筆記用具が手渡された。


「さぁ!気になるものを描いてみましょう!」

「え?」

「そうです!絵です!」


 再び、彼女から渡されたものに視線を落とす。これを持っていたから今日はいつもと違うバッグだったわけか。なるほどなぁ。でも、どうしよう。俺は昔から図画工作が苦手なのだ。苦手ゆえに避けて生きてきた。そのため、画力が幼稚園の頃と変わっていないと自信を持って言える。


「えっと……どうして絵を?」

「望さんから、清隆さんの絵が素敵だとお聞きしまして。見てみたかったんですよ。ほら、私って絵画サークルに所属しているので、ぜひ」


 随分前に同じ学部の連中とお絵描きしりとりをした事があった。言わずもがな俺の画力は壊滅的だから、随分笑われたものだ。まぁ、原因は俺が描ける選択肢がなくてラーメンを描いたからなんだが。それ以来、ますます苦手意識があるのは本当だ。


 咲良さんのことだ。俺が正直に苦手だと伝えたら「じゃあ、向こうのイベントを楽しみましょう」と言うに違いない。それではだめだ。俺は彼女が今日のためにしてくれたことに報いたい。スケッチブックも筆記用具も新品なのだ。望の情報を文字通りに信じて準備してくれたに違いない。それに迷いなくここにきたということは、何度もこの公園に来たことがあるのだろう。それでも今日という日を楽しみにしていたことが伝わってきて、俺の胸はもういっぱいだ。


「人様に見せられるようなものじゃないけど、頑張るよ」

「楽しみにしていますね」

「ま、まかせといて。んじゃあ、俺は向こうで描いてくるから」

「気になったものありました?私は、ここにいますから、何かあったら教えてください。画材もまだいくつか持ってきた物があるので」

「う、うん。ありがとね」


 数十分後、もしくは数時間後に処刑されることを覚悟して俺は歩き出す。せめて何を描いたかは認識されるレベルにもっていきたいなぁ。となれば、題材選びが大事だ。こういうものは、自分が気になったものを直感で描くことがコツだったりする。たぶん。


 散策を続けると、風船が引っかかっていた樹木とは別種が生えているのを見つけた。木々は青々としていて野生のブロッコリーのようだ。マヨネーズをつけたらさぞ美味しいだろう。よし、これを描こう。アフロ木モクモク大作戦だ。そうと決まれば、芝生の上にあぐらをかいてスケッチブックを抱えるようにして持つ。


「うーむ……」


 鉛筆を立てて持ち、片目をつぶってアフロ木を見る。俺は形から入るタイプだ。中学生の頃、好きだったギタリストに憧れて一式そろえたこともある。1ヶ月も続かなかったけど。そして、今とっているポーズの意味も分かっていない。だが、周囲から見れば絵描にしか見えないだろう。その証拠に近くを通った何人かが、俺の真っ白なスケッチブックをのぞいていった。皆、けげんな顔をしていたろうが、気にしたら負けだ。


 咲良さんを見ると、先ほどのベンチに座ったまま筆を走らせていた。集中しているようで、こちらの視線にも気づかない。なるほど。鉛筆はそういうふうに持つのか。


 早速、鉛筆を持ち直した俺は、再びアフロ木に向き合う。どこから手をつければいいか全く分からないが、描き始めないことには終わらない。あたりをつけるとよく聞くが、いまいち理由は分からない。見よう見真似で、それとなく木の形を落とし込んでみる。意外と良い感じになっている気がする。外枠はバッチリだ。


「後は中身か〜」


 正解は分からないが、なんだか楽しくなってきたぞ。自分の眠っていた才能が開花している瞬間なのかもしれない。以前のお絵描きしりとりは調子が悪かったんだ。そうに違いない。

 枝はこうで、葉はこうだ。筆が止まらないとはまさにこのことだ。着実に完成に近づいていることに笑みがこぼれる。これは傑作が生まれる予感がするが、描けば描くほど分からなくなってきた。


「これはどうなんだろう」


 完成したそれは、良く言えば芸術的。悪く言えば惨状と言える代物だった。おかしいなぁ。途中までは完璧だったはずなんだが。やはり、頭をよぎった想像上のキャラクターを描き込もうとしたのが間違いだったのか。書き直した方が良さそうだ。ふざけていると思われたら幻滅されかねない。


「清隆さん。調子はいかがですか?」

「うおっ!……やぁ咲良さん。も、もう少しで完成って感じかな」


 彼女の接近に気付かないほど熱中していたとは、自分でも驚きだ。とっさにスケッチブックを体で隠してしまったが、不審に思われていないだろうか。


「ふふふ、楽しみにしていますね。今日は暑いですし、少し休憩でもいかがですか?」


 水滴のついたペットボトルが差し出される。わざわざイベント会場で買ってきてくれたのだろう。気を利かせて俺が買ってくるべきだったか。ポイントアップチャンスを逃してしまったようだが、今はその行為に甘えよう。喉がカラカラだ。


「ありがとう咲良さん。ちょうど喉が渇いたところだったよ」


 座ったまま受け取るのも感じが悪いと思い立ちあがろうとしたのが間違いだった。長時間、同じ体制をとっていた俺の足は限界を迎えていたのだ。痺れた足は自由を失い、勢いよく跳ね起きようとした俺の意識とのズレが生じる。その結果、大地に伏した俺が爆誕することになってしまった。言わずもがなスケッチブックは投げ出され、白日の下に晒される。


「まぁ……」


 終わった。これは言い訳のしようがない。優しい彼女のことだ。気をつかった発言をするのだろうが、今の俺にはそれが1番つらい。それに留まらず怒らせてしまったら、楽しい時間もここまでになってしまうのだろう。今後の全ては彼女の反応次第。まな板の上の恋とでも呼ぶべきだろうか。

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