第14話 公園デート(仮)②
「はぁはぁ……お待たせ」
「だ、大丈夫ですか?すごい汗ですよ……良かったらこれどうぞ」
「あ、ありがとう。助かるよ……」
咲良さんから差し出されたハンカチをありがたく受け取る。額から滴る汗は止まることを知らない。それもそのはず、この広い公園の外周を半周したからだ。それも全力疾走で。
最初は、公園内を突っ切ろうとしたが、中央部で開催されているイベントのため、人がごった返していたのだ。小さい子どももいる中で、全力疾走するのは危険極まりない。ならば、距離は遠くなるが外周を行った方が、結果として最短だと判断した。その結果はご覧のとおり、汁だくの俺が爆誕した。時間についての判断が正解だったかは分からないが、良しとしよう。そうでなければ報われない。
「よし、じゃあ行こうか。ハンカチは洗って返すよ」
若干、汗も落ち着いたので、借りたハンカチはポケットへしまう。濡れたハンカチを返されるのは嫌だろうし、何より次に会う口実になる。お弁当の件で学んだ俺は抜かりなし。
「ほ、本当に大丈夫ですか?また今度でも私は大丈夫ですよ?」
「大丈夫大丈夫。今日はちょっと汗っかきだっただけだからさ」
「なんだかすみません……」
「いいって、それよりその荷物は?」
落ち着いてみると彼女の肩にかかっているトートバッグに目がいった。何やら物がぎっしり入っているように見えるし、それなりに使い込まれているようだ。公園に来るだけであれば不自然に思える。
「ふふ……秘密です。後のお楽しみってことで」
無邪気に笑うように彼女が言う。ああ、この顔が見られただけで、公園に誘った甲斐があった。その意味では、理由がどうであれ望に感謝しなければならないな。
公園内に入ると、やはり人が多い。先程は慌てていて気付かなかったが、どうやらアジアンフェアを開催しているらしい。聞いたことのない音楽もそこら中から聞こえて来て、まるで異国に迷い込んだようだ。屋台からは、これまた日本のそれとは異なる香辛料の匂いが漂っていて、食欲を誘った。
「すごい人の数ですね。誘っていただけたのは、これがあったからですか?」
「いやいや、俺もここに来て初めて開催されていることを知ってさ。こういうのって興味ある?」
近くに曼荼羅が描かれたタペストリーを販売している雑貨屋がいた。アクセサリー等の小物も置いているようで賑わっているが、購入に至る客は少ないように見える。
「嫌いではないですけど、好きでもないってやつですかね。でも、神様的な存在はいると思いますよ」
「何かきっかけでも?」
「私、小さい頃に実家の裏山で迷ったことがあって。歩き疲れて泣いているところに、もうほとんど朽ちていた小屋にお地蔵様が並んでいたんです。雨も降り出していて、どうしようもなくなってそこで座り込んでしまったんです」
「ええ!?怖くなかったの?」
「今考えれば、薄暗くて怖い場所でしたが、それよりもお地蔵様の柔らかい表情に癒されたんでしょうね。そこで待っていたら、間もなくお母さんが見つけてくれて」
「それは、お母さんも安心したろうね」
「そうですね。私を見つけて泣いてました。子ども心に申し訳ないことをしたなって思った覚えがあります。そして、この話には続きがありまして、後日、お母さんとお地蔵様達にお礼に行ったら、全く見つけられなかったんですよ。これは、もう神様が助けてくれただと家族みんな大騒ぎで」
「それで、神様的な存在を信じるようになったんだ」
「そうなんです。まぁ、実際は荒れた山道だったので、同じ道を行けなかったってのが真相だと思います」
「けど、不思議で素敵な話だと思う」
「ありがとうございます」
俺も神様的な存在はいると思う。こうして咲良さんとここでこうしているのも、俺の人生の選択の積み重ねの結果なのだから。直近で言えば、あの時、雨が降らず望が訪ねて来なければ、咲良さんの過去話を聞く機会などなかったはずだ。俺が全力ダッシュしたことにも意味があるはずだ。あって欲しい。
「とりあえず、向こうに行きましょうか。こう賑やかだとお話しするのも大変で」
「確かにそうだね。いったん外れの方に行こうか」
アジアンな音楽から遠ざかるにつれて、人の数も減っていく。北門方面に伸びている地元住人が植樹した並木道には、数えるくらいの人しかいない。イベントに参加する人達は、駅に近い南門から出入りしているのだろう。
道を咲良さんと歩いていると、何かが破裂した音が聞こえてきた。2人の視線が自然とその方向に向くと、通路の端で子どもが泣いている。母親になだめられているようだが、泣き止む気配がない。その原因は、親子の頭上に答えがあった。
「風船、手から離れちゃったんですね。さっき通った広場で配ってましたし」
「木に引っかかって1つ割れちゃったんだな」
「私もらってきます」
「いや、咲良さん待ってくれ。俺がなんとかするよ」
幸い、木に引っかかった赤い風船は俺の身長であればギリギリ届きそうだ。それに子どもが欲しいのは、頭上の風船であって、代わりの風船ではないのだ。例えそれが同じ色であっても同じだ。俺が小さい頃、同じような思いをしたことがあるから分かる気がする。
「はい、どうぞ」
「ありやとー」
「す、すみません。ありがとうございます」
背伸びをして何とかキャッチした風船が結ばれていた棒を子どもへ手渡す。赤くまだ張りのある風船とは、対照的に破裂したのであろうピンク色の風船だった物がぶら下がっていた。俺の恋も破裂しないといいんだが。
「喜んでもらえて良かったですね」
「そうだね。内心、通報されないかドギマギしたよ」
親子を見送り、咲良さんが語りかけてくる。
このご時世、見知らぬ人に子どもがからまれたら警戒するのは仕方がないこと。だが、子どもが困っていたら助けてあげたいというのが俺だ。そういう人間でいたいと思っている。昔見たヒーロー番組の受け売りだけどね。
「なかなかできることじゃないと思います。素敵だと思います」
照れてしまった俺は何も言えずに彼女と肩を並べて歩く。無言で気まずくなると思ったが、不思議と嫌な感じはしなかった。




