第13話 公園デート(仮)①
山を越え谷を越え……ひと昔前であればそうだったかもしれないが、現代社会においては電車に乗ればあっという間に目的地へ到着する。
上京するまでは、電車に乗る機会などほとんどなかった。親の車か、原付バイクが主な交通手段だったからだ。
新入生の頃は、スマホ片手に目の回るような乗り換えに食らいついたものだが、今では立派なシティボーイになった。家族が遊びに来た時も俺に任せてもらえれば大丈夫。頼れる男になりました。
「ふぁあぁ〜」
電車の中で大きな欠伸をする。今日の俺は珍しく寝不足気味。なぜなら、今日という日を遠足前日の子どものように楽しみで寝付けなかったからだ。
待ち合わせの時間まではかなり余裕がある。では、なぜ電車に揺られているのか。これも待ちきれない俺の心を抑えられなかったがゆえの行動。一昨日くらいから、ずっと体がそわそわしている。落ち着ける訳ない。
もはやこれはデートと言ってもいいだろ!?
休みに若い男女が2人きりで会う。つまりデート。むふふ。意識すると自然と頬が吊り上がるが、視線に気付いて抱えていたリュックで隠す。向かいの座席に座っている女子高生が不審な目でこっちを見ているのだ。
俺は人畜無害。時には狼になりたい普通の男の子。いや、そんな、待って。立ち上がった女子高生は、隣の車両へと歩いて行ってしまった。なんか、ごめんね。悪気はないんだ。
そんなことをしているうちに間もなく目的地の最寄駅へ到着することを知らせるアナウンスが流れる。1つ前の駅で降りて、お気に入りの喫茶店でゆったり時間を潰すことも頭をよぎったが、せっかくだから新規開拓に挑戦するのも乙ってもんだろう。この辺りには、あんバタートーストで人気が出始めた新しめのお店があったはずだ。
駅を出ると天気も俺を祝福しているように文句なしの快晴。心が弾めば足も弾む。今日はきっと良い日になるはずだ。朝の情報番組の占いでも1位だったし!ちなみにラッキーアイテムはピンクの風船。
駅近の繁華街から脇に1本入ったところにあるその店は、古いビルの1階にあった。店を始めるにあたってリフォームしたのだろう。全体的に色褪せたビルの中で、そこだけが浮かび上がっているようだ。喫茶店というよりは、カフェと呼んだ方がしっくりくる出立ちかもしれない。
「うわっ……けっこう混んでるな」
店先には若者を中心に行列ができていた。やはり少し前にSNSで話題になったことが影響しているのだろうか。かくいう俺もその中の1人なのだが。
立ち止まってスマホで時間を確認する。約束の時間にはまだ余裕があるようだ。少し悩みつつも最後尾に並ぶと俺の後ろにも続々と列が伸びていく。なかなかの人気店っぷりに並んだことを少し後悔し始めていた。
「これ入れるのいつになるんだろ」
「うーん20分くらいかかるのかなぁ?」
後ろに並んでいたカップルの会話が聞こえてくる。声からすると俺と同年代くらいのようだ。
さっきから仲が良さそうで羨ましかったが、その読みは甘いぞ彼氏くん。ラーメン屋の行列であれば、お見込みの通りだろうが、ここはカフェだ。いくら混雑しているとはいえ、飲食が終われば即退場とはならないだろう。俺の見立てでは、倍以上の時間がかかるとみたね。
1組、また1組と順調に店の中へ消えていく。既に40分経過した。俺の番まであとわずか。後ろのカップルは、だいぶ前から黙り込んでしまった。俺のスマホも黙らないか心配になってきた。電池の残量は半分を切っている。
また列が動いた。前に並んでいた女子高生グループが甘い香りを残しながら店員の案内に従って入店して行った。次は、いよいよ俺の番。間をおかず別の店員が案内に来た。清潔感のある格好が店の雰囲気と合っている。
「おひとり様ですかー?」
「は、はい」
よく見れば、店内にはカップルやグループで満員だった。俺のようなロンリーマンは少数派。だが、ここでへこたれないのは、俺の長所。行列に並んだからには、勝利を勝ち取らなければならないのだ。
席に着くやいなや、名物のあんバタートーストとコーヒーを注文する。話す相手もいないので、待っている間はスマホをポチポチと。画面の左上に小さく表示されている時計を見るにまだ待ち合わせの時間には十分な時間がある。ゆっくり食べてから向かうとするか。
「お待たせしましたー」
SNSでハロファク情報をチェックしていると店員さんの明るく元気な声と共に注文の品が届いた。トーストの上に粒あんとバターが綺麗に盛られていた。バターは既に熱で溶け始め、食パンに染み込み始めている。
おひとり様の俺は、無言でそれにかじりつくとカリッとした食感と共にあんこの甘味とバターのコクが口の中に広がった。たしかに人気が出るだけのことはある。単純に見えるこのトーストは、甘味と塩味のバランスが絶妙なバランスで保たれることによって味の掛け算が生じているのだ。トースト、あんこ、バター。このどれか1つでも自己主張が激しいと味のまとまりがなくなる諸刃の剣とも言えるだろう。
そして、そんな口の中をリセットしてくれるのが、このコーヒーだ。丁寧にローストされた豆から抽出されたコーヒーを間に挟むことで、飽きることなく最後まで楽しめる。素晴らしいセットだ。この幸せな時間は俺だけのものだ。
「ありがとうございましたー」
また来たいと思わせるような素敵なお店だった。隠れ家的なお店が好みだが、たまにはこういう流行りの店もいいものだ。心行くまで堪能した俺は待ち合わせの場所へと向かう。ものの数分でそれは見えてきた。
駅に隣接した都市公園は、いつも人々の声でにぎわっている。休日ともなればイベントも開催されていることだろう。中に入ってしまうと広大な敷地故に目印になるポイントが限られてしまうため、東西南北に存在する門を待ち合わせに使う人が多いらしい。それぞれの門には、友好都市の特産品等をモチーフにしたモニュメントが設置されていて、待ち合わせにはぴったりだ。
咲良さんと待ち合わせをしている西門へ着いたが、彼女の姿はまだなかった。目印の柿のモニュメントの前で待つことにする。それにしても、柿が特産品なのってどこなんだろうか。
待ち合わせの時間を過ぎたが、彼女の姿が見えない。おかしい。これまでの咲良さんからすると約束の時間を破る人ではないように思っていたのだが。ぼんやりとそんなことを考えているとスマホが鳴って、思わず驚く。どうやら着信のようだ。画面には咲良さんの名前が表示されていた。体調が悪くなったのだろうか。そんな疑問を抱きながら、電話に出る。
「はい、清隆です」
『あ!よかった。咲良です。今どちらにいらっしゃいますか?』
「え?柿のモニュメントの前だけど」
『え?私も牡蠣のモニュメントの前ですけど……あっ!もしかして西門ですか!?』
「うん。そうだけども……もしかして、俺、集合場所間違っちゃった?」
『すみません……いつも東門を待ち合わせに使っている癖で、西門のモニュメントのことを忘れてました……今からそっちに行くので待っててください』
「いいっていいって。俺がそっちに行くから。咲良さんはそこにいてよ。そっちのモニュメントもみたいからさ」
『……ありがとうございます。焦らなくていいので、気を付けていらしてください』
「おーけーおーけー。それじゃちょっとだけ待っててね」
そうして、電話を切る。よし、いろいろ設置者に言いたいことはあるが、とりあえず走れ俺。デート(仮)の残り時間は着実に減っているぞ。




