第12話 ハッピーハロウィン④
「もしもし〜久しぶり〜。この間はありがとね。……ははは、そんなことないって〜」
普通に電話を始めやがった。それになんか楽しそうだし。何この疎外感。ここ俺の部屋だよな?俺が悩んでいることをいともたやすく……これが強者か。
電話を盗み聞きすることはマナー違反になるのだろうが、どうしても意識がいってしまう。
「そうそう。こっちも凄い雨でさ。清隆のとこで雨宿りさせてもらっているんだ。着替えまで貸してくれてさー。本当に良いやつだよな」
今、咲良さんの声で「そうですね」って聞こえたぞ!聞こえた気がする!たぶんきっとそうだ!望の通話が続いているが、聞き耳を立てる余裕などもうない。頭の中はカーニバル開催中だ。
脳内でサンバを踊りながら惚けていると、ふいに肩を叩かれて我に返った。今いいところなんだから邪魔しないでくださいます?
「ほれ、どうぞ」
浮かれ気分の俺は、望から差し出されたそれを認識できない。長方形のそれには、咲良さんの名前と時間の経過が示されているシンプルな画面が表示されていた。
「……なにこれ」
「スマホ。咲良さんと繋がってるから、ほれ、早く」
「へ?」
ぽんと手渡されたスマートフォンを見つめる。電話口からは「もしもーし」と咲良さんの可愛い声が小さく聞こえてきた。何がどうなってこうなったか理解できないが、腹を括るんだ。あんまり待たせると印象が悪くなるぞ。ファイトファイト。
「も、もひもし。清隆です」
噛んだ。いつもの情けない自分とこんにちは。かえって俺らしいということで、自分を納得させよう。今、大事なのはそこではない。咲良さんと電話なのだ。
「お久しぶりです。咲良です。もう体調はよろしいんですか?」
はわわ。久しぶりの会話。やっぱり可愛い。ん?体調は?どういうことだ。俺は健康そのもの元気モリモリ。今朝も丼で飯食ったぞ。
望の方をチラッと見るとジェスチャーで何かを伝えようとしている。ふむふむなるほど。つまり、こうか。1週間も咲良さんを放置していた理由として、咳と頭痛と腹痛と腰痛に悩まされていたと。
バカはどっちだよ。それだけてんこ盛りだと怪しすぎるだろうが。
「あのー?」
いかん。すでに怪しまれ始めている。このレールに乗るしかない。閻魔大王様に土下座精神だ。おい、そこ。にやけるんじゃないよ。
「大丈夫大丈夫。もうまんたい。I'm Back」
ええい。もうやぶれかぶれだ。連絡しなかった理由に仮病を使うことで、彼女に余計な心配をさせることになるだろう。それについては、大変申し訳なく思うところではあるが、情けない男だと思われたくない。それが本音。
「あぁ良かった。まだ苦しそうなら看病に行こうと思ったんですが、その調子なら大丈夫そうですね」
「ははは、そんな迷惑かけられませんよ」
「迷惑だなんてことないですよ。次は必ず頼ってくださいね。無理しちゃいけませんよ。約束です」
「は、はい。ありがとう……ございます」
む、胸が痛い。咲良さんの優しさが心に突き刺さる。少しもったいないことをしたと思った俺が憎い。すまない咲良さん。見栄っ張りの嘘つき男が俺の本性なんだ。
「突然、俺が出て驚いたよね」
「そうですね。いきなり望さんから電話が来たと思ったら、清隆さんに代わるって言われて。驚いちゃいました」
で、ですよねー。俺だって驚いてるわ。だが、せっかく咲良さんと話すきっかけをお膳立てしてもらったんだ。こんなことにならなければ、咲良さんと話す日がいつになったことやら。少しでも成果を残さなければ、彼にも申し訳が立たないな。
「だよね。ところで、今日はすごい雨だね」
「本当ですよ。湿気がひどいと髪の毛がくるんくるんになっちゃって嫌になります。その点、清隆さんは大丈夫そうですね」
「たしかに俺は短髪直毛だから、その心配はないな。雨に濡れたとしてもすぐに乾かしさ」
咲良さんは癖毛だったのか。いつも綺麗にまとめている裏側で努力をしているのだろう。くるんくるんの咲良さんも可愛いだろうから見てみたいとは決して言えない。俺は臆病だから。
「そういえば、望さんのこと助けてあげたってお聞きしました!仲が良くて素敵だと思います」
「そんな素敵な関係じゃないよ。望っていつも髪の毛ばっちりセットだから、家に来た時点でぺちゃんこでさー。それがなんだか捨てられた子犬みたいでほっとけなかったんだ」
「なんなんですかそれー。私も見てみたかったです」
望が恨めしそうにこちらを見ているが、気にしないことにした。すまん!友よ!今はお前の相手をしている場合ではないのだ。俺の未来の礎となれ!
咲良さんとのお話はやっぱり楽しい。なぜ俺は1週間も足踏みしていたのだろうか。とどのつまり、自分に自信がないから、きっかけを探していたのかもしれない。
このタイミングではないかもしれないが、今この胸のときめきを利用しなければ、約束が永遠に果たされない気がした。咲良さんゲージは既にMAXなのだ。これを利用しない手はないだろう。
気がついた時には、口が勝手に動き始めていた。
「あ、あの!その!咲良さん」
「はい、なんでしょうか」
「先日の約束の件だけど、近々どうかな?」
「は、はい!いつどこに行けばよろしいですか?」
しまった。勢いに任せて走り出したのは良いが、肝心の場所を決めていなかった。冷や汗が俺の頬を伝う。やばいやばいぞ。考えろ。
「これこれ」
小声で俺を呼んだ望が差し出したのは、きりんちゃんさんのカード。これに貼っていた付箋には、あの場所が書かれていたはずだ。
こいつ絶対推しだからって理由で、これを選んだだろう。だが、今はこれにすがるしかない。頼むぞ!
「じゃあ、今度の土曜日13時に――」
こうして、再び咲良さんと会う日取りは決まった。今でも変なことを口走っていなかったか気になる。緊張で何を言ったか覚えていないのもあるが、目の前の男が推しの鑑賞に夢中になっていたからだ。
今は役目を終えた付箋を剥がしたカードの束をシャッフルマシーンにセットしている。所有者の俺が、未だ本来の用途で楽しめていないが、お礼の意味を込めて許してやろう。ついさっき開封した物なんて知らないだろうから。
望は、羨望の眼差しを向ける俺の思いなど全く気にしていないようだ。今はその方が良いのかもしれない。ファンとして純粋に楽しんでくれた方が、俺も嬉しいから。
『ハッピーハロウィン!』
やっぱり、ちょっと羨ましいかも。




