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第135話 すれ違いの果てに③

 俺たちが外に出ると柳也さんと惣一郎が会話をしていた。和やかな雰囲気ではなさそうだ。


「これで満足したか?跡継ぎとして正式に発表した暁には、こんなこと二度と許さんからな」

「分かってるって。それが約束だったろ?それにここに咲良はもう来ることはないんだ。心配するようなことにはならないよ」


 どうやらあの離れに柳也さんが入っていたことを咎めているようだ。話ぶりからして一度は決着がついた話のようだが、惣一郎は納得できていないみたいだ。


「また逃げたりしたら、どうなるか分かっとるんじゃろうな」

「分かってるよ。今度は逃げたりしないさ」


 一触即発の雰囲気ではあったが、柳也さんが俺たちが出てきたことに気がついて、それは未遂に終わった。

 近づいてきた柳也さんは、咲良と惣一郎の間に入るようにして壁になった。俺もそれに倣う。これ以上、咲良に何かあったら俺は惣一郎を許すことはできない。


「ゆっくりもてなす暇もなくて申し訳ないのう」


 張り付いた笑みを浮かべて、惣一郎が話しかけてきた。そんなこと微塵も思っていないくせによく言えたものだ。早く帰れという雰囲気がびしびしと伝わってくる。柳也さんが戻ったことで、咲良はすっかり用済みのようだ。


「来たところと同じ場所に車がある。2人とも早く行こう。いいね?」


 柳也さんも惣一郎の気が変わらないうちにこの場を去った方が良いと考えたのだろう。俺も同じ考えだ。このまま櫻田邸から去れば俺と咲良は元の生活に戻れる。大学にも通えるし、7188でくだらない話に興じることだってできる。

 しかし、それは柳也さんの犠牲の上に成り立つものだ。


「なんじゃ?わしはただ、可愛い孫娘と語りたいだけなんじゃが」


 見え透いた嘘をつく。櫻田の人間としてみなさなくなった咲良に何らかの呪いの言葉を言いたいに違いない。そして、それは咲良を櫻田家に縛りつけるものに違いなかった。それだけは阻止しなければならない。


「どうしてそこまでして2人を自由にしてあげないんですか?あなたの会社にだって優秀な人はいるはずなのに」


 俺は1歩踏み出して、柳也さんと咲良を守るように立ち塞がった。ここが勇気の出しどころ。2人のためにできることだ。


「そんなやつはおらんよ。みんなわしの金しか見ておらん。仮に優秀な奴がおったとして、会社が傾いた時、そいつは身を粉にして働いてくれると思うか?」

「家族だからと言って、そうなると決まったわけじゃない」

「そうなるんじゃよ。口先では文句を言うかもしれん。しかし、家族、血のつながりというものは簡単に断ち切ることができないもの。必ず情という名の楔が会社に引き止めてくれる」


 馬鹿にするような口調だった惣一郎の言葉に力が入ってきた。惣一郎のこれまでの人生に何があったかは知らない。長い人生の間で会社経営が上手くいかなかった時期もあるのだろう。そして、裏切られたこともあったはずだ。


「それはあなたの思い込みじゃないですか」

「思い込みなもんか。現にそこにいる2人はどうした?家族を守るためなら、その身を会社に捧げる決心をしたぞ?」

「確かに2人とも家族を守ろうとして、会社を継ごうとした。それは紛れもない事実だし、本人たちも認めるところでしょう。ただし、そこにある会社を守ろうとする意思は付け焼き刃でしかないんだ。あるのは――」

「愛……とでも言うか?若造」


 台詞を先取りされてたじろいでしまう。会社に対する愛はない。そんな状態で経営がうまく行くほど世の中は甘くないはずだ。もっとも、惣一郎が言うには家族を守るためのエネルギーはそれを凌駕するらしいが、それが会社のためになるのだろうか。


「付け焼き刃で結構。そこに本人の意思がなくとも、櫻田家が存続すればそれで良し。他の人間にむざむざわしの全てを差し出すなんて考えられん。たとえお飾りでも櫻田家の者が頭でなければ、わしの会社とは言えんよ」

「それが会社の発展につながらなくてもですか?」

「そうじゃ」


 惣一郎は、きっぱりと言い切る。なぜそんなことを聞くのか理解できないようだ。それが普通。それが当たり前。異端なのはお前だと。そんな顔をしていた。


「他の者に譲るくらいなら、わしは会社を潰す。その権利がわしにはある。事業が成功したのも櫻田の教えを守ってきたからじゃ。それに反するようなことをすれば、神様が許してもご先祖様が許さんよ」

「そんなに家が、しきたりが大切ですか?自分の家族なんですよ。それが幸せだと本気でかんがえているんですか?」

「くどい!さっさとそこの穢れた娘を連れていくがいい!貴様たちが触れたのは不浄な物。櫻田家を害する者たちの怨念が溜まった呪物じゃ。そんな物に触れたやつが敷地内にいると考えるだけで吐き気がするわ!」


 惣一郎は右腕を大きく薙いでみせる。興奮しているようで息が荒い。場に静寂が訪れた。


 猫撫で声で咲良のことを可愛がっていた惣一郎は、もういない。結局、咲良は櫻田家を発展させるための道具に過ぎなかった。咲良をここから連れ出せることは嬉しいはずなのに、胸が締め付けられて涙が出そうだった。


「なら、僕もここを去らねばならないようです」


 俺の後ろにいた柳也さんが俺の肩を叩いて隣に出る。言葉はなかったが、お疲れ様と言ってくれた気がした。


「り、柳也っ!き、貴様、それをどこで!?」


 柳也さんの姿を見て惣一郎が狼狽える。その視線は、柳也さんの右手に釘付けだ。

 そこにある物を俺は知っている。俺が惣一郎と言葉を交わしている間に咲良が柳也さんに渡したもの。


 そこには古ぼけた護符が握られていた。惣一郎が慌てて懐の護符を取り出して確認する。桐の箱の中には護符がしっかりと納められている。

 これは社で見つけたもうひとつの護符。柳也さんと咲良を守ってくれる愛の形だ。

 次回更新は、5月2日(火)の予定です。

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