第133話 すれ違いの果てに①
帰り道は迷うことはなかった。無駄に思えた大きすぎる塀も役に立つ。
時折、体は痛んだ。それでも、それを上回る高揚感が俺を動かした。これが終われば、全て元に戻る。ありふれた日常が、かけがえのない日常が戻ってくる。
「清隆くん、あと少しです」
「うん、咲良、ありがとう」
「いえ、私はなにも。お礼を言いたいのはこちらの方です」
咲良は、俺が辛そうにすると体を支えてくれた。きっと彼女がいなければ、これを成し遂げることはできなかった。いや、咲良だけではない。柳也さんや望もそうだ。俺は沢山の人の助けがあってここまで来ることができたんだ。
俺は、もう1度「ありがとう」と呟く。その気持ちが咲良にも伝わったのか、今度は何も言わなかった。
櫻田邸の敷地内に入る頃には、空がオレンジ色に変わり始めていた。勝者の凱旋とはいえ派手な出迎えはなかった。出迎えどころか誰もいない。家の中にいるのだろうか。
周囲に人の気配もない。ここに留まっていてもどうにもならない。咲良と共に家の正面に回ることにした。勝利宣言をしてさっさとここからおさらばしたいというのに、どこに隠れてしまったんだ。
玄関の近くまでくると、庭の方から物音が聞こえてきた。惣一郎が1人で何かをしているようだ。
「おじいさま、戻りました」
咲良が声をかける。それでようやく惣一郎がこちらに気がついた。
「なんじゃ、思ったより早かったのぅ」
地味な着物に着替えた惣一郎が、庭に植えられた植物の手入れをしていた。こっちが必死に山の中を駆け回ってきたというのに、そんなことはお構いなしだ。もう少し何かあってもいいと思うのだが、マイペースに手当てを進めている。
「これ、お地蔵様が並んでいるところにありました。これで俺たちの勝ちってことでよいんですよね?」
「ええぞ」
俺の問いに対して、惣一郎はあっさりとそう言った。護符を突きつけようと息巻いていたのに、こんなにすんなり認められるなんて、意外と話せば分かるタイプだったのか?
「しかし、これで咲良ともお別れになるのか……。せめて、その護符は咲良から受け取りたいんじゃが」
急にしおらしくなった惣一郎に驚くものの、特に断る理由もない。言われるがまま俺が持っていた護符を咲良から渡してもらうことにした。
「おお、これじゃこれじゃ。2人共良くやったのう」
惣一郎は、古い護符を直接触らないように布で包むように受け取ると、懐から取り出した薄い桐の箱にしまった。
え?本当にこれでおしまい?もう帰っていいのか?
俺と咲良は顔を見合わせる。消化不良なところはあるが、そっとしておいた方が良いのかもしれない。気が変わられては困る。
「おじいさま、あの……兄さんはどこに行ったんですか?」
そうだ。柳也さんがいない。それどころか、ここにいるのは惣一郎だけだ。俺たちを置いてどこかに行ってしまったということはないと思うが、惣一郎の豹変ぶりといい、この数時間の間に何があったんだ。
「柳也なら離れで待っとるぞ。おーい、麗子」
惣一郎が麗子さんを呼ぶと、待機していたのか、すぐに現れた。形式的な文言で挨拶をすると案内するから着いてくるようにと指示をされた。
仕方がなくそれに従って離れに近づく。すると不思議なことに、ここにも玄関があった。しかも、正面からは分からないような隠れた場所にだ。
違和感を拭えないまま麗子さんに案内されるがまま中に入り込む。
離れとはいいつつ、実家のリビングと比べても天と地の差があった。ここも立派な和室だ。天井は高く、置かれている家具の類も年季が入った木目が綺麗な物だらけだった。その部屋の主人のように柳也さんはいた。
昔はそうだったのかもしれないが、惣一郎に対する思いを考えるとひどく不自然に思えた。
咲良もそれを察しているようだ。一刻でもここから立ち去りたいというのが本音だ。しかし、俺も咲良もボロボロのボロ。休憩が必要なのは間違いない。
「2人とも良くやり遂げたね。まぁ、座ってよ」
柳也さんは、俺たちを労ってくれる。促されるまま座布団の上に座ると、タイミングを見計らっていたのか、麗子さんが綺麗な色をした緑茶を出してくれる。軽く頭を下げて、謝意を示すが、この状況に混乱していた。
「あの、柳也さん。お茶出してもらってこんなこと言うのもなんですけど、もう帰りませんか?こうして、俺たちは勝ったんですし、3人で東京に戻りましょうよ」
「僕は帰らないよ。君たちはこれから始まるが、僕の終着駅はここだ」
柳也さんは、きっぱりと俺の提案を断る。
「……どういうことですか?」
「どういうことも何も、僕がこの家を継ぐってことだ。咲良に資格がなくなった以上、後継者はもう僕しかいない。これで全ての問題は解決されるんだよ」
いきなり何を言い出すんだ。あれだけ惣一郎を嫌っていたのに、突然心変わりした理由が俺には分からない。俺たちが山にいる間に、脅されたりして、心にもないことを言っているに違いない。
「後継者の資格があるのが、兄さんだけってどういうこと?だって私だって櫻田の子なんだよ?」
「社に行ったんだろ?護符に触ったか?あの男に渡したか?」
「それは今関係ないじゃない」
「どうなんだ?」
「……おじいさまには私が手渡した。それがどうしたの?」
柳也さんの圧に負ける形で、咲良が答えた。それを聞いて、柳也さんの表情が一瞬だけ緩んだ。しかし、すぐに元の険しい顔に戻ってしまう。
「咲良、お前は穢れたんだよ」
次回更新は、4月30日(日)の予定です。




