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第130話 護符④

 夢を見た。講義終わりに咲良と出かける夢だった。いつもの商店街を目的もなく歩いて、7188に行くだけ。少し前まで当たり前の日常。今はもう遠い日常。

 俺は第三者視点でそれを見ていた。咲良と共にいるのは、間違いなく俺だ。俺だけど、あいつはきっと理想の俺だ。服のコーディネートと軽快な話術も髪型のセットもばっちり。あそこまでの技量は俺にはないし、将来もどうなるか分からない。女性に対して奥手な理由でもある。


 自分とのギャップを直視できなくて、ほんの一瞬目を逸らした。そうしたにも関わらず2人の様子が気になって、また視線を戻す。

 すると場面は7188から仙台の寿司屋に代わっていた。そこにいたのは、咲良とおじさんだ。おじさんは俺と違って社会的な地位もあれば金もある。それに演壇がまとまれば、将来の成功も約束されているようなものだ。


 がむしゃらにここまでやってきたけど、どちらが咲良の幸せになるんだろうか。今は咲良をここから救い出したい。それだけだ。しかし、社会的に、客観的に見た時に、彼女にとっての幸せはどちらだ。


 美味しそうに高級寿司を食べる2人を見ていた俺は、深い深い穴をひたすら落ちていった。



 冷たい物が額に当たっている。それが人の手だと気づくのに時間はかからなかった。


「咲良……」


 あれから俺はどうなったのだろう。体の節々が痛い。擦り傷もあららこちらにできてしまったようだ。


「良かった……気が付いたんですね」


 咲良が泣きそうな声をしている。咲良が体を横たえた俺に膝枕をしてくれていたらしい。自分が置かれている状況が飲み込めない。ここはどこで、どのくらい時間が経ったんだ?


「ここは……?どうやってここのことが?」


 名残惜しいが、状況を確認するために体を起こした。咲良に「まだ寝ていないと」なんて心配されたが、そうも言ってられない。


 不意に咲良の後方に俺が落ちた場所が見えた。朽ちた柵の一部が残っていたから、すぐに分かった。こうしてみると自分が思っていたよりも高くはないようだ。それでも、俺の進路を阻んでいた草木に助けられた形になったらしい。そうでなければ、これ程度の怪我で済むはずがなかった。


「望さんが私に教えてくれたんです。ほら、合コンの時に連絡先を交換していましたから」


 望が?ああ、そうか。電話を先から変な音が聞こえたにも関わらず俺が反応しないんだ。何かあったと気付くのは当然のことか。それで、慌てて咲良に電話をしてくれたおかげで、こうして彼女がここにいる。やはり、あいつは神だな。無事に帰れたらお礼しないといけないな。


「ど、どうしました?どこか痛みますか?」

「大丈夫だよ。あいつには頭が上がらないなって思ったら、何だか面白くてさ。今もそうだし、咲良に会えたのもあいつのおかげだし」


 本当にそうだ。自分で口に出して、改めてそう思う。あいつが合コンに誘ってくれたから、俺はこうしてここにいる。偶然の積み重ねの結果だが、咲良と出会わなければ陰鬱とした学生生活が続いていたに違いない。


「……清隆さんは、私と初めて会った日のことを覚えていますか?」

「もちろん。俺が席を外した時にみんなで王様ゲームやってるんだもん。忘れられるはずがないだろ?」


 あの日から俺の人生は変わった。咲良と出会ったことで、ただ消費していた俺の生活に光が差し込んだ。別に一目惚れだった訳じゃない。気が付いたら俺の心の中心にいて、それからは咲良のことしか考えられなくなった。人を好きになる時は、ドラマのような特別なきっかけなんてものはなくて、気が付いた時には好きになっている。そんなシンプルなものだと気付かされた。


「実は違うんです。清隆くんは、たくさん合コンされていたようなので、その女の子達に埋もれてしまっているかもしれませんけど」


 もしかして地雷踏んだ?ここにきて、俺の見栄っ張りジョークが足を引っ張るのか?マジ?

 咲良がからかうように笑っていることだけが救いだ。そう思いたい。


「清隆くんは、人生の岐路に立たされていた私を救ったんです。それも、何でもないように、あっさりと」


 そんな紳士的な振る舞いをした覚えはこれっぽちもない。それにこんな可愛い子に出会っていたら、余程のことがない限り覚えたいそうなものだけど。


「え、えーっと、俺って何をしたのかな?」


 最悪、人違いってこともあり得る。これはそのための確認だ。けっして思い出せない訳じゃない。


「消しゴムを分けてくれたんですよ。自分のひとつしかない消しゴムを半分にして」

「……それだけ?」

「それだけなんてことないです。兄さんは、自分のせいで私がお見合いさせられたなんて言ってますけど、あのまま両親のもとにいても遅かれ早かれこうなっていたと思います。だから、私は兄さんの提案に乗ったんです。……私も怖かったから。でも、肝心な時に大失敗。あの大学を受けることは、両親に黙っているようにって兄さんから話を受けていたので、ちょっと遊びに行ってくるって家を出たんです」


 最後まで親が娘の進学先に気が付かないなんてことはあり得ない。でも、きっと咲良の両親は知っていて見逃したのだろう。自分達が受けた仕打ちを娘には味合わせたくはない。しかし、抗う気力はない。なら、私達は娘の居場所を知らない。問い詰められても分からない。そう、思ったと思いたい。そうでなければ、辛すぎる。


「直前まで、言い訳を考えていたから、肝心な受験の準備が疎かになってしまったんですね。どうしても受からなければならない試験だったのに。知り合いもいない会場で、途方に暮れて試験が始まるのを待っていました。それを救ってくれたのは、清隆くんです」


 そうか。思い出した。あの日、慣れない場所で案の定道に迷った俺は、滑り込みで試験会場に入った。みんなが最後の確認のために参考書とにらめっこしている中で、隣の席に座っていた女の子が筆記用具だけ準備をして、ぼんやりと時計を見つめていた。

 事情を聞いた俺は快く消しゴムを半分に割ったのだけど、同情とか哀れみではなく、単純にこれをきっかけに仲良くなれたらという下心からだった。

 まぁ、それも試験の手応えのなさにかき消されて、すぐに忘れてしまったのだけれど。


「清隆くんには、助けてもらってばかりです。私が困っていると助けてくれて、それに甘えてしまいます。それが原因で、清隆くんに迷惑をかけてしまいました。怪我までさせてしまって、お詫びのしようもありません」


 よく見ると、咲良の頭に葉っぱが付いているし、俺と同じような擦り傷もあった。蜘蛛の巣もいたるところに付いている。自分のことなんてお構いなしで、ここに来てくれたのだろう。


 そのことがとにかく嬉しくて、言葉にならなくて、愛おしかった。

 次回更新は、4月21日(金)の予定です。

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