第129話 護符③
前言撤回。注意深く周囲を観察しながら、再び櫻田邸に通じる扉の前まで戻ったものの、1本道は1本道だった。
見落としはないと思う。……たぶん。何度も歩いたことにより、踏み固められた道は枝分かれもしていない。だからこそ、あの夜も迷わずに辿り着けたのだ。
何だ?何を見落としているんだ?櫻田家を守るための護符を納めるための場所なのだから、この扉から行けるところにないのはおかしい。その認識が間違っているのだろうか。いや、そんな面倒くさいことはしないだろう。
そこまで迷信深いのであれば、この不自然に高い塀に扉を作るはずがない。災厄が訪れるのであれば、初めから入ってこれないようにしておきそうなものだ。
長い年月をかけて枝葉の影に隠れてしまったと考えるのが自然か。仕方がない。もう1度だ。
アップダウンを繰り返して乳酸が溜まった足を伸ばす。今日が終わるまでは耐えてくれよ。こんなことなら、普段から鍛えておくんだった。
そんなことを今更嘆いてもどうにもならないから、とにかく気合いで歩き回るしかない。見落としがないようスマホのライトを使ってみることにした。多少の暗がりはこれで大丈夫だろう。
陽の光は暖かく明るいが、影になって昼間でも暗がりは多い。ここでライトが役に立つと思い至ったほとんど思いつきの作戦だ。
頭上の木の幹を照らしてもせっせと登る蟻がいるだけで、新しい発見なんてなかった。それでも、何かをやっているという実感は、俺の心を安心させるのだった。
何番目かの木を観察していると、急にスマホが振動した。思いがけない衝撃に手から滑り落ちてしまう。湿った土がクッションになってくれたようで、嫌な音はしなかった。
スマホは地面に落ちると画面を上にして倒れた。どうやら着信らしい。拾おうとして、前傾姿勢で手を伸ばすと、その人物の名前をはっきりと読み取ることができた。
「こんな時に何の用事なんだよ」
周りに誰もいないことをいいことに苛立ちを隠そうともしないで口にする。スマホを拾い上げないでコール音が止むのを待とうかと考えたが、思い直して電話に出ることにした。とどのつまり、行き詰まり感を払拭できなかったのである。長期戦には気分転換も大事だ。
「もしもしぃ」
『おいおい、そんな不機嫌な声しなくたって良いだろ?』
「こっちはそれどころじゃないんだって」
ここ数年でいえば親よりも聞いた望の声だ。いつもの明るい調子なのが、俺の置かれた状況とギャップがあって声の主が遠くにいることを実感する。
『お前が連絡のひとつもよこさないからだろうが。あーあ、教授に代筆がバレないように教室の隅で小さくなっている俺が可哀想。あー可哀想』
「お前なぁ……」
大袈裟に悲劇のヒロインのようなリアクションをする望に開いた口が塞がらない。そりゃあ、頼んでいる身としてはありがたいけど、恩着せがましく言われると感謝の気持ちもどこかに行ってしまうものだ。ましてや望だもの。
「咲良には会えたよ。今は近くで待ってもらってる」
『やったじゃん!……ん?待ってもらってる?』
「ああ、それがさ――」
急に帰省した俺の後始末をお願いした駄賃代わりに、こちらに来てからの出来事をかい摘みながら話をしたら。望は時折「おお!」とか「すげー」とか、相槌を打ちながら馬鹿にしたりせずに話を聞いてくれた。
もちろん、俺もこちらでの探索を行いつつだ。左耳にスマホをあてて、右手で頭よりも高く育った草をかき分けて道を探す。
今に至るまで話し終えると、望は自分のことのように怒ってくれた。顔を合わせなくても通じ合っている気がして、なんだかむず痒かった。
「探しても探しても見つからない。何を見落としているんだろう」
ひと通り状況を伝えた後に零れ落ちたのはグチだった。草木の切れ間を必死に探しているにも関わらず、出てくるのはまた草木だけ。やはり、別な方向から山に入り直すべきなのか。そう考え始めた時だった。
『今はどうやって探してるんだ?』
「どうって、目に付く怪しそうなところを手当たり次第探っているかんじ」
『清隆、そりゃ頭が高いってやつだよ』
「なんだそりゃ?頭を下げろってことか?」
相変わらず訳のわからないことを言う男だ。惣一郎に対してひれ伏せとでも言いたいのか。俺は全面戦争モードだというのに。
地位も名誉もそろっている男を相手にするのは、確かに分が悪いが、初めから諦めるやつがどこにいるというのだ。
『違う違う。そうじゃなくて。鹿の気持ちになれってことだよ』
「なにがどうなればそうなるんだ?」
『いや、考えてみろよ?清隆が屋敷に忍び込んだ時に鹿も同じところから入り込んだんだろ?そして、山側から屋敷に入る扉はひとつしかない。ってことは、その鹿が通った道があるってことだろ?』
「それは……そうなんだろうけど」
『だから、上ばっかり見てないで、鹿と同じ目線で探してみろって』
一理あるのか?他に策がある訳でもない。腰を落として視線を低くしながら探索をしてみることにした。さぁ、鹿の気持ちになるんだ。俺は鹿だ。鹿マンだ。
望に鹿の気持ちの何たるかを教えてもらいつつ、向こうの近況報告を聞いた。駅ひとつ離れた場所に大型アミューズメント施設が建設されていること、望は相変わらず女の子と遊び呆けていること、少し前に大学に現れた美人の正体探しに躍起になっているグループがいること、どれも今の俺には遠い場所の情報だったが、肩に入っていた力が抜けていくような気がした。
そして、柳也さんと桜田邸を見下ろしたこの場所で、ついに別な場所へ繋がる道を見つけた。癪だが、望の言うとおり鹿の気持ちになることが発見に繋がったのだ。やはり、こいつは神なのか?悔しいから、それは口にはしないけど。
発見した道へ繋がる茂みは、よく見ると枝の先の柔らかい葉が噛みちぎられていて、明らかに鹿が通った後があった。とは言うものの、鹿が通る道があるという認識がなければ気付けるものではない。少なくとも俺はそうだった。
これが目的地に向かうルートである期待に胸を膨らませて奥に進んでいく。登り道だ。急な山の斜面を体を小さくして登っていく。植物が覆い被さるようにして、中に入るまで分からなかったが、ところどころ腐食はしているものの木製の階段があったから助かった。木製の杭で固定しているだけの簡易的なものだけど、道標にもなる。先人に感謝しかない。
『どうだ?見つかったか?』
「まだだよ。ずーっと登ってる。腰が痛くなってきた」
いつ辿り着くかもわからない道を中腰で歩き続けるのは、結構きつい。足場が悪ければ、見通しも悪い。仮にこれがハズレの道だったら、心が折れそうだ。
さっさと見つけて咲良を迎えに行こう。なんて言ってやろうかな。素直に望のアドバイスのおかげって言おうか。それとも、身振り手振りで脚色しながら大冒険活劇を繰り広げてやろうか。
ようやく視界が開けて崖下を見渡す。遠くに町の中心部が見える。しかし、目的地らしきものはどこにも見当たらない。やはり、この道同様に植物に埋もれてしまっているのだろうか。
一刻も早く、咲良のところに戻りたい俺は、身を乗り出した。おあつらえ向きに苔の生えた木製の柵らしきものもあった。
この判断ががいけなかった。
腐食が進んだ柵は音もなく崩れ落ちる。
宙に浮く俺の体。一瞬だけ重力から解放された感覚はあった。しかし、すぐさま地球の引力という見えない力に引っ張られて、下は下へ落ちていく。
そして、目の前が真っ暗になった。
次回更新は、4月18日(火)の予定です。




