第128話 護符②
鍵の隙間から木漏れ日が差し込んでいる。遠くで子どもが泣いている。遊んでいる中で転んでしまったのだろう。
咲良は俺の腕を離れて閉ざされた扉に背をつけて体を預けていた。なおも顔色は悪い。
「分からないってどういうこと?だって、さっきは……」
惣一郎は、咲良が場所を知っていると言っていた。咲良もそれに対して分かると答えていたはずだ。まさか、恐怖のあまりそう答えざるを得なかったのか。
「ごめんなさい。場所は分かるけど、それがどこにあるか分からないの」
「えーっと、どういうこと?」
なぞなぞかな?それとも、往年のRPGのように規定の手順で行動しないと行けない場所なのか?この山を登る手順を間違えると入口に戻されてしまうとか?
「前に実家の裏山で迷子になった話をしたでしょ?その山がここなんだけど、私が見たかった場所がそのお札を納める場所なの」
「それってお地蔵様がいっぱい並んだいたっていうやつ?」
咲良は、こくんと頷いた。でも、その場所って後日訪れようとしても見つけられなかったんじゃ……。
惣一郎がそれを知らないはずがない。そもそも、櫻田家の鬼門を守護しているであろう場所を当主が知らないはずがない。それを見つけ出すこともゲームの一環なのか。
「OK、分かった。この山のどこかにはあるんだろ?ラクショーラクショー。俺ひとりでも余裕そうだ。咲良はここで休んでいなよ」
肩で腕を回して、軽い調子で声をかけた。車で行かなければならない距離でなければ、俺がチョチョイと頑張ればすぐに終わる。この山のどこかにある場所を見つけて、護符を納めれば試合終了。顔色の悪い咲良を連れ回すほどのものでもない。
「いえ、私も行きます。おじいさまは2人でと言っていましたから、きっと何か意味があるはずです」
「そうかなぁ?意地悪なだけだと思うけど」
「どこで誰が見ているか分かりませんし、2人なら見落としも少ないはずです」
確かにそれはそうだ。早く咲良を安全なところで休ませたいし、目的地までの道のりを思い出す可能性は全くないわけではない。それにいざという時を考えると側にいてくれた方が安心かもしれない。幸い携帯会社の電波は受信できている。
「じゃあ、約束して。無理は絶対にしないこと」
「分かりました。ありがとうございます」
咲良は思い直した俺にお礼を言う。休んだおかげが顔色が多少良くなった気がする。このまま回復できれば良いのだけれど。
俺たちはまずしっかりと踏み固められた、先日の侵入ルートを確認することにした。足場は悪いが、咲良は自分の足で歩くことができた。
俺が先導して、歩くことに支障が出そうな枝葉を掻き分けながら進む。前に柳也さんとここにきた時は夜だったから分からなかったけど、思っている以上に荒れた道だった。暗闇の中、これをしてくれた柳也さんには感謝するほかない。
「きゃっ!」
不意に背後から悲鳴が聞こえた。慌てて振り返ると、咲良が木の枝の間に張ってあった大きな蜘蛛の巣が体に付いてしまったようだ。
咲良は、暴れるように体を震わせ蜘蛛の巣を取り払おうともがく。しかし、それに比例して蜘蛛の巣はますます体に張り付いてしまう。
「き、清隆くん……助けてぇ」
「う、うん!」
涙目になった咲良に巻きついてしまった蜘蛛の巣を手で取り除く。ネバネバした実感の中にさらりとした服の質感とつるりとした肌に触れる。いけないと思いつつもドキドキしてしまうのが男なのだ。
全て取り終えても咲良は涙目のままだ。そうか、ここは咲良のトラウマの場所なんだ。幼い頃に山で迷い、今のように蜘蛛の巣にまみれながら迎えが来るのをじっと待っていたのだろう。
もちろん、そのことを惣一郎が知らないはずがない。全て承知の上で咲良をここに行かせたのか。こんなの褒美でもゲームでもない。ただの嫌がらせじゃないか。
ドキドキがムカムカに代わるが、この場にいない男に対する怒りをぶつける先がない。
惣一郎のやり口は柳也さんから聞いた限りのことしか知らない。この護符の件も正攻法では困難なものに決まっている。しかし、咲良に辛い思いをさせるやつを俺は許すことができない。必ずやり遂げて、文句のひとつでも言ってやると固く胸に誓った。
ようやく落ち着いた咲良は、再び顔面蒼白になり、俺の腕に捕まって歩くようになった。「蜘蛛の巣が空家だったおかげで大丈夫」と咲良は言ったが、無理をしているのがバレバレだ。
結局、沼の近くの広場に出るまでそれらしき場所は見つけることができなかった。ここまではずっと1本道。昔は通れた道が荒れて塞がってしまったのか。それとも、他に道があるのか。
茂みから出て、遊具のそばにあるベンチに腰掛ける。肩を並べて座っている咲良は、やはり少し辛そうだ。まだ日が高いとはいえ、時間は有限だ。せめて、目星でもつけられれば良いのだが。
「こんなこと聞くのも申し訳ないんだけどさ、何か思い出したりした?」
咲良は顔を横に振った。幼い頃の、そして、この場所が荒れ果てる前の出来事だ。彼女のことは責められない。
「よしっ!じゃあ、咲良は少し休んでなよ。見落としがないかひとっ走りしてくるからさ」
「でも――」
「でもも何もないの。それにほら、ビギナーズラックって言うの?先入観がない方が、あっさり見つけられるかもしれないしさ。最後をピシッと締める時のために咲良は体力を温存していてくれよ」
咲良は申し訳なさそうに頷いた。実際、このまま無策で連れ回してしまったら、咲良の気力と体力がもたない。俺が山を駆け回りそれらしいところを見つけて、それを咲良に確認してもらう。それが1番効率的だろう。それに、普段は履かないようなかったりした靴の咲良を連れ回すのは気が引けた。
罪悪感からなのか、咲良は俺に負担をかけないように頑張ろうとしている。でも、それは今じゃない。そして、咲良もそのことを理解しているから頷いてくれたのだろう。
掛け声と共にベンチを立って再び茂みの中に体を埋める。子どもの視線なんてなんのその。咲良のおかげで心のエンジンはフルスロットルだ。今の俺なら何でもチョチョイのチョイ。何も恐れることなどないのだ!
次回更新は、4月15日(土)の予定です。




