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第127話 護符①

 何度目かの櫻田邸。すっかり見慣れた門をくぐると、既に俺たち以外の顔ぶれがそろっていた。惣一郎の気まぐれで呼ばれたからか、和やかに談笑する雰囲気はかけらもない。櫻田家と近藤家がそれぞれ陣取るように向かい合っていた。


 櫻田家は惣一郎と麗子さん。やはり、咲良の両親はいない。近藤家は兼信と康介だけ。おそらく別室にいたであろう妻はどこかに置いてきたのだろう。兼信のせめてもの抵抗だと思った。今から始まることは、お見合いとは関係のないことだ。断じて認めてはいないぞ、と顔にそう書いてある。


「遅かったのう。時間稼ぎをしたとて不利になるのはそちらじゃよ?」


 俺たちを見つけた惣一郎が声をかけてきた。それに釣られるように近藤家の2人の視線も向けられる。

 何をするのかも知らされていないのに不利かどうかなんて分かるはずもない。今に見ていろ。その張り付いたような下卑た笑顔を剥ぎ取ってやる。


「褒美とやらをいただきに来たんだ。時間なんて関係ないだろう?」


 柳也さんが冷静な口調で言った。俺たちが咲良の居場所を見つけたことに対する褒美。どうせろくでもないものに決まっている。


「せっかちじゃのう。……まぁよい。お前さん方にチャンスを与えよう」

「チャンス?」


 俺は思わず聞き返してしまった。下卑た笑顔が俺に向けられ、それを待っていたと言わんばかりに、惣一郎の口角が吊り上がった。


「そう、咲良を取り戻すチャンスを与えよう。それがわしからの褒美じゃ」


 どこまでもふざけた野郎だ。咲良を優勝トロフィーか何かだと勘違いしているんじゃないか?だが、今は余計な口出しは止めておこう。せっかく相手から、こちらに有利な申し出をしているんだ。俺も柳也さんを見習って冷静でいなければならない。


「ふざけないでくださいよ!私たちのお見合いはどうなったんですか?こんな横槍を許すなんて――」

「康介っ!」


 おじさんが惣一朗の提案に不満をぶつけるが、途中で兼信が遮った。おじさんは不満そうな顔を隠そうともしない。余計なことを言ってしまって惣一朗の機嫌を損ねてしまえば、それこそこの話はご破算。兼信は、それをよく理解していた。それに、柳也さんの噂話くらいは掴んでいるのだろう。兼信の瞳には、まだ光がある。まだ自分たちが有利な状況にあることを信じているのだ。


「さて、静かになったの。咲良と……そこの若造」


 まぁ、俺のことだろう。惣一朗は、俺の気を引けたことが分かればそれで十分だったようで、懐からお札を取り出した。


「おじい様、それは……?」


 咲良が不思議そうに尋ねる。俺にもあれが何をするものなのか見当がつかない。筆で文字が書かれていることは分かるが、達筆すぎて書いてある文字までは読み取れない。少なくとも家内安全ではなさそうだ。


「これは護符じゃよ。櫻田家をずーっと守ってくれている神様のな。これを2人に納めて来てもらう。無事に戻って来られたら、お前さん方の勝ちじゃ。そのまま咲良を連れ帰ってもらってもかまわんぞ」


 護符をどこかに納めるだけで良いのか?それが勝負?柳也さんの話に比べるとハードルがかなり低いように思える。同じ孫であっても、男か女かの差がここでも出ているのだろうか。

 しかし、俺の隣にいる柳也さんと咲良の顔からは血の気が引いてしまっている。白を通り越して青だ。不安よりも何かを恐れている。特に咲良は、自分で自分を抱き今にも倒れそうな体を支えているように見えた。


「それなら、僕も一緒に行こう。それでも問題ないはずだ」


 柳也さんが声を上げる。護符を納めるだけであれば、俺だけでもできると思うのだが、そんなに深刻な声を出すようなことなのかな。


「ほっほっ。駄目じゃよ。柳也とはすこーしお話がしたいからのう。ほれ、そこで突っ立っておる兼信とその倅もじゃ。お前さん方は、わしと一緒に来てもらおう」


 この場では惣一朗が言うことは絶対だ。誰も逆らえない。

 どうやら惣一朗は、柳也さんと話がしたいらしい。久しぶりの再会に喜んでということはないはず。兼信も入れるとなると、やはり金儲けの話なのだろう。


 つまり、俺と咲良は蚊帳の外ってわけか。護符はそのための言い訳ってところか?でも、2人がここまで恐れる理由が俺には思い当たらない。


「その護符とやらをどこに持っていけばいいんですか?近くにお堂でも?」


 俺は軽い調子で惣一朗に尋ねた。近くのコンビニにお使いに行ってくれば良いんですよね?それに似た軽い気持ちだった。


「場所は、咲良が知っておるよ。のう?咲良」

「……はい」


 物事を軽く考えている俺とは違い、咲良は深刻そうな顔をして俯いている。この世の終わりを告げられたような、不可能なことを命令されたような雰囲気をまとっていた。


「麗子、案内してあげなさい。必要ないかもしれんがの」

「かしこまりました。おふたりとも、こちらへ」


 麗子さんが歩み寄り、俺と咲良はその後ろに着いていく。おじさんがまた文句を言いたそうにしていたが、兼信に止められていた。


「清隆君!」


 屋敷に向かっていた柳也さんの呼びかけに俺は振り向く。目と目が合う。それだけで彼の言いたいことが伝わった。俺は頷き、それに応える。それぞれの戦場で戦い、惣一郎に認めさせる。それだけだ。


「……清隆様申し訳ありませんでした」


 柵と柵の間の道を歩き、屋敷の裏手側に向かう俺たちだったが、先導する麗子さんが不意に謝罪をした。この頃には、咲良は自分で歩くのもやっとで青い顔をしながら俺の腕にしがみついていた。


「俺は別に……そっちにも事情があるんだろうし」

「そう言っていただけると……」


 麗子さんは柳也さんのために動いている。それが本人の意思に反していようとも自分が考える柳也さんの幸福に繋がるのであれば、柳也さんを裏切ることすらやってのける。一応、罪悪感はあるようで安心した。


 その後は無言のまま高い塀に設けられた木製の扉の前にやってきた。柳也さんと忍び込んだあの扉だ。今日も南京錠は外されていた。


「おふたりにはここから護符を納めに行っていただきます。古い護符があるはずですので、その回収を持って証拠とさせていただきます。お時間は日が暮れるまでと、旦那様がおっしゃっていました」

「なんだ、日暮まではまだまだ時間もあるし、余裕そうじゃん。それで、その場所はどこにあるんですか?まさか、それも探し当てろって言うんじゃありませんよね?」

「心配には及びません。それは咲良様がご存知かと」


 麗子さんはそう言うと、扉を開けて敷地から出るように促した。咲良は俺を支えにして黙ったままだ。


 俺は麗子さんから護符を受け取って、咲良と共に塀の外に出た。すぐさま背後で扉の閉まる音がした。また鹿に入られたら、今度こそ大目玉だろうから仕方がないとはいえ、あまり気分の良いものではない。


「咲良、大丈夫?早いとこ終わらせて帰ろうぜ?場所はどこなのかな?」


 様子のおかしい咲良のためにもこんなお使いはさっさと終わらせてしまおう。そして、日常に戻るんだ。


「分からないの」

「……へ?」


 木々のざわめきがやけにうるさく聞こえた。さて、これからどこへ向かおうか。

 次回更新は、4月12日(水)の予定です。

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