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第126話 瑠実夏④

「今回の件、父さんたちは知らないんだろ?全部、自分で決めたんだな?」

「……ごめんなさい」


 咲良はそう呟いた。その言葉は誰に向けられたものなのだろう。俺たちに?あるいは自分の気持ちに?それとも両親に対してなのだろうか。


 今日の会場に咲良の両親はいなかった。違和感を感じたものの、別室にいて惣一郎の指示で出てこないのかと思っていた。しかし、そうか。そういうことか。

 咲良は自分の人生を櫻田家に捧げることで、許しを請うたのだ。幼かったとはいえ、自らの過ちによってあの家を追い出された両親に対して、そして、あの家に残された柳也さんに対して。


「あのさ……ひとついいかな?」


 重苦しい雰囲気の中、咲良にどうしても聞かないといけないことがある。今の話を聞いても、俺には整理しきれない部分があった。

 咲良と目が合う。


「どうして咲良だったんだ?」


 あれだけ家だの家督にこだわっていた惣一郎が、あっさりと柳也さんに見切りをつけて咲良の縁談話を進めたことが、どうにも釈然としない。


「それは……」

「それは僕のせいだ。僕が麗子さんに咲良が綺麗に成長したって伝えてしまったから」


 言い淀む咲良の代わりに柳也さんが応じた。


「僕が東京に出てからは、麗子さんを除いて櫻田家の人たちとは連絡を取らないようにしていた。違うな。あそこから逃げ出したから合わせる顔がなかったんだ。それでも、咲良にはどうしても会いたかった。いなくなった僕の代わりに酷い目に遭っていないか心配だったし、こればっかりは麗子さんは教えてくれなかったから」

「それで会いに行ったんですね?」

「そうだ。咲良が高校2年生になった夏のことだ。大きく綺麗に成長していたけど、一目見て分かったよ」


 大きくなったとしても、咲良は咲良。面影があれば分かるくらい兄弟の仲が良かったのであれば、分かるものなのだろうか。俺には兄弟がいないから、その感覚を理解することは難しい。それでも、2人を見ていると信じたくなる。


「咲良もすぐに気付いてくれて、それはもう嬉しくてさ。これまでどうしていたのかは電話をしていたから分かっていたつもりだけど、実際に会うと話が止まらなくなっちゃって、暗くなるまで話し込んだんだ」

「無理もないです。久しぶりだったんだし」

「そうだね。咲良とは、連絡先を交換して解散したんだけど、気分を良くした俺は、ぬけぬけと麗子さんに今の咲良がどうだったか事細かに伝えてしまったんだ。あの男と繋がっているなんて微塵も考えずに」

「でも、それが理由ならもっと早くこうなっていたはずです!わざわざ待つ理由がないですよ」

「その時はあったのさ。付加価値がなかったから。利用価値と言ってもいい」


 付加価値?利用価値?少なくとも家族に対して使うような言葉ではない。


「今回のような惣一郎にとって都合の良い縁談話がなかったか、まとまらなかったんだろうよ。だから、まだ男の僕の方が利用価値があった。麗子さんにも戻ってくるように何度も言われていたが、今思えばあれもあの男の指示だったんだな」


 柳也さんは悔しそうにハンドルの縁を叩いた。自分の不甲斐なさに苛立つ気持ちは俺には分かる。

 

 それにしても利用価値か。惣一郎が今回の縁談に執着していない理由はそこかもしれない。今の咲良は、可愛い現役女子大生。それが社長ともなれば話題性は抜群だ。加えて、過去の出来事から家族に対しての負い目もあって、そこに付け込めば従順な手駒として使えると考えたのだろう。


 そして、咲良を餌にした惣一郎の事業拡大ゲームが始まったのだ。見事に釣られたのは、近藤兼信。いや、釣られたというよりは蜘蛛の糸にすがったと言う方が適切かもしれない。

 資金繰りに困っていた兼信は、事業を拡大したい惣一郎の企てに乗った。おそらく縁談の話を持ちかけたのは兼信だ。女である以上惣一郎はどちらでも良かったはずだ。現に自分の娘婿が失敗している時点で、今更外から来る男を信頼できるはずもない。


 ここまでは、お互いのシナリオどおりに進んでいた。しかし、そこに惣一郎の遊び心をくすぐる俺たちが現れたことで、兼信の計画は1度棚上げとなる。縁談がご破産になろうとも、兼信は惣一郎にすがるほかない。それならば、遊んでしまっても良いだろう。惣一郎は、そう考えたのだ。どうなろうとも自分が損することはないと。


「……僕は失敗だらけだった。でも今回は違う」


 柳也さんは力強く、確信めいてそう言った。その自信はどこから来るのだろう。俺はこんなに不安なのに。今の話を聞いたら尚更だ。


「何が違うんですか?」


 確認せずにはいられない。それが現状を打開する切札になることに期待して。


「君だよ。清隆君」

「……俺、ですか?」


 期待に反して柳也さんが告げたのは俺の名前だった。どうしてそんなことを言うのだろうか。俺は何もできないただの大学生。気持ちひとつでここまでやってきただけの無力な男なのだ。こっちに来てからも結局、柳也さんに助けられてばかりだし。


「そうだよ。瑠実夏の時とは違って、どんな時でも相手のことを思って行動できる人がいる。何があっても諦めないしね」


 俺は何も答えられなかった。はたしてそうだろうか。ある程度の想像は紅麗奈さんからもらった情報で想像がついていたとはいえ、はっきりと伝えられていたら、ここまで無謀な行動をとれただろうか。自問自答しても答えは出ない。あるのは、1歩踏み出したことによって掴んだ今の状況だ。期待されようがされまいが、俺がやるべきことは決まっている。


 そして、柳也さんが俺のことを気にかけてくれた理由も分かった気がする。

 俺と咲良に自分の過去の姿を重ねていたのだ。いずれ訪れるであろう惣一郎の魔の手も含めて。柳也さんの期待どおりに俺が動けたとして、彼はそれで救われるのだろうか。


 いつの間にか、車の外には見覚えのある公園が広がっていた。お昼を食べてから遊びに来たであろう家族連れが沼の中心に架けられた橋を渡って歩いていた。これから戦いが始まる櫻田邸とは違って普段どおりの日常がここにある。


 惣一郎が何を企んでいたとしても、俺がすべきことは咲良と共にこのかけがえのない時間帯に戻ることだ。

 そのためなら、プレゼンでもディベートでも会社経営でもやってやる!作戦はないが、覚悟は決まった。1度掴んだ手を離してたまるか。

 次回更新は、4月9日(日)の予定です。

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