第125話 瑠実夏③
「瑠実夏のお母さんは驚いたろうな。親切心で娘の彼氏を家まで送ったら殿上人の家だったんだから」
「殿上人?」
「神様みたいな存在ってこと」
思わずこぼれ出た俺の疑問に優しく説明を加えて、柳也さんは続ける。
「それが分かったら、急によそよそしくなって早々と帰って行ってさ。それで気づいたよ。あぁ、こっち側の人なんだって。それから日を置かずに惣一郎に呼び付けられたんだ」
柳也さんは多くを語る気はないのだろうが、惣一郎にその話が伝わるとすれば、瑠実夏さんのお父さんだ。
由緒ある古めかしい家柄では、跡取りに許嫁がいることは当たり前。今回の咲良の件を考えてもそこは間違いないだろう。これもまたドラマから得た知識だけど。
知らなかったとはいえ、自分の娘が会社の命運を握る神にも等しい人物の跡取りに手をつけてしまった。怒りを買えば自分もどうなるか分からない。自体を重く見た瑠実夏さんのお父さんは、早急に謝罪を行ったのだ。もちろん交際自体は咎められるものではない。それがもたらす結果を憂いて行動を起こしたのだ。本人たちの意思は無視をして。
「別れろと言われたよ。そんなことにうつつを抜かしている暇わない。人生は自分のものではないってすごい剣幕で怒鳴られてさ。そっから大喧嘩。そしたら、あの男も俺が本気で楯突くのが珍しくて面白かったみたいでさ。賭けをしようって持ちかけてきたんだ」
「……それに乗ったんですね?」
「そうだ。僕にはそれしか残されていなかったんだ」
「それで、いったい何を?」
「簡単なことさ。瑠実夏の親が経営している会社の新商品のプレゼンをしろって言われたんだ。それが採用されれば、交際は認めてやろうってね」
『交際は』か。賭けとは言いつつ、惣一郎が損する点がない時点で成立していないではないか。仮に柳也さんが勝ったとしても来るべき時に今回のように強制的に結婚話を取り付ける予定だったのだろう。しかも、グループとしての利益になるオマケ付き。
自分が損をする可能性があるなら、こんな賭けは持ち出さない。お金のかからない遊び。その程度の認識のはずだ。そして、柳也さんはそれに乗るしかない状況だった。今の俺と同じように。
「それからは無我夢中で資料を作った。瑠実夏のお父さんは林業関係の仕事をしていたらしくて、その時に出る端材の活用をテーマにしてね。もちろん、ただのやる気のない高校生だった僕にそんなノウハウがある訳もなく。誰でも思いつきそうな有りがちな商品のプレゼンをしてしまったんだ。結果は言わなくても分かるよね?」
バックミラー越しに目が合った柳也さんに俺と咲良は無言で頷いた。
その先の結果は聞かなくても分かる。柳也さんは瑠実夏さんに会えていない。完成したそれは、惣一郎が納得するものではなかったのだ。
「……それからどうなったの?」
咲良の声が震えている。泣いているんだ。咲良は柳也さんが瑠実夏さんに会えなくなった理由までは把握していなかったのか。結果はとっくに知っていたとしてもその過程があまりにも理不尽だから、あふれてしまったのだろう。
「どうにもならないよ。そこで終わり」
「こっそり会いに行ったり連絡をとったりしなかったんですか?」
俺ならそうする。いくら勝負に負けたと言っても、そこまで制限される権限はないはずだ。納得できるはずがない。そして、それは瑠実夏さんだって同じだったはずだ。
「もちろんしたよ。でも、できなかったんだ。瑠実夏が転校してしまったから」
「……転校」
「プレゼンの時にお父さんの会社名が分かったから、それを当てに訪ねてもみたけど駄目だった。あの男の命令は絶対だから、僕と瑠実夏を会わせたなんて知られたら、それこそグループでの立場を失ってしまうよ」
「そんな!?子どもよりも自分の立場が大事だって言うんですか!?」
惣一郎が命令すれば、何だって従うものなのか?それが子どもの今とこれからを奪うことになっても?なんだってそんなことをしなければならないんだ。
「1度手にした地位を手放すことは簡単にできることじゃない。それに会えるチャンスがあっても瑠実夏が会おうとはしなかったはずさ」
「お父さんの立場が危なくなるからですか?」
「違うよ。僕に迷惑をかけないようにするためだよ。そういう人だから」
優しく、懐かしむような温かい口調だった。
そうか。柳也さんは賭けに負けても跡継ぎの地位が失われる訳ではない。瑠実夏さんが身を引けば、その地位は盤石なものとなる。それにお父さんの立場も守られる。自分が犠牲になれば誰も不幸にならない。きっと、そう考えたのだろう。
通じ合ってるのにすれ違っている。日が経つほどに2人の間の溝はどうしようもないくらい深く、誰にも飛び越えられないものになってしまったのだ。
「あの男から離れたかった僕は、高校を卒業して、大学進学を口実に東京に出た。それから3年たった頃かな。麗子さんから瑠実夏が結婚したって話を聞いたのは。相手はお父さんの会社の取引先のお坊っちゃまって話だ。僕と何が違ったんだろうな」
柳也さんはその答えを既に見つけている。それでも口にせずにはいられなかった。理解はできても納得ができていない。同じ状況になれば誰だってそうだ。ゲームの中の出来事のように割り切れるほど感情というものは単純ではない。
「咲良は、彼女に似ている。だからこそ、何かにつけて様子を見ていたんだが」
「……そんなわけないよ。お兄ちゃんが聞かせてくれた瑠実夏さんみたいに強くはないもん」
咲良が俯いて自分の足を見つめている。唇を噛み、説教を待つ子どものように柳也さんの言葉をおそれているようだ。
「咲良も自分を犠牲にして、僕たちを守ろうとしてくれただろ?同じだよ。相談しないで突っ走っちゃうところも」
咲良はなおも唇を噛んだまま俯いていた。その隣で俺も誰にも気付かれないように唇を噛み締める。
自分が情けなくて泣きそうだった。咲良の悩みに気付いてあげられなかったことに。そして、咲良に頼られなかったことに。
次回更新は、4月6日(木)の予定です。




