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第124話 瑠実夏②

「咲良が裏山で迷子になってしまった後、あの男の怒りは凄まじくてね。商売をやっているからなのか、単に迷信深いのかは知りたくもないが、とにかくとんでもないことをしてくれたなって大騒ぎだったんだよ」


 咲良は小さかった頃の話とはいえ、柳也さんはそれなりに成長していたはずだ。中学生くらいだろうか。


「父さんは婿でね。しかし、これが商売の才能が全くって言っていいほどなかったんだなぁ。当時、大きな事業を駄目にしてしまったらしくて、惣一郎が怒り狂っていたところに油を注いでしまったから家族みんなで追い出されてしまったのさ……僕を除いてね」


 この騒動の後、咲良の両親は咲良と共に東京に引っ越したと聞いている。てっきり柳也さんも一緒だと思っていた。1人残された柳也さんを不憫に思って、麗子さんは我が子のように接していたのだとしたら、2人の仲が親密なのも理解できる。お互いの立場上、いつかは今日のようなことになるのを承知の上で。


「どうして柳也さんだけ残されたんですか?」

「簡単なことさ。次の跡取りのためだよ。昔の人はどうしても家督相続の考えが抜けないみたいでね。父さんが駄目になったとしたら、残る男は僕しかいないから……。あんなのとっくの昔に廃止されているのに」


 俺が不思議そうな顔をしていることを察して、咲良がこっそり家督相続について教えてくれた。

 大昔は、兄弟が何人いようが長男が全ての財産を相続する決まりになっていたそうだ。その名残は現代においても残っていて、婿入りした人と養子縁組をする家は多い。このことによって、法的には妻の両親の子どもになるわけだから相続権が生じるメリットもあるらしい。しかし、根底にあるのはこの家督という考え方だ。


 家を守るための制度だったのだろうが、幼い頃から祖父母と別居して育った俺からすると何とも馴染みがない考え方だ。そんなの好きにさせれば良いのに。


「じゃあ、それからは咲良とも別々に」

「残念だけどね。僕がまた咲良に会えたのはあの家を出てからだよ。あの男の目を盗んで、電話はさせてもらえていたけど。思春期真っ只中の僕には体が引き裂かれたようなものだった」

「お父さんたちも何度か会いに行ったんだけど、門前払いだったみたい。警察を呼ばれたこともあったって」


 電話をさせてくれていたのは麗子さんだ。その思いやりによって電話だけでこの兄妹は繋がっていたのだ。


「あの男の目もあったから、非行に走る真似はできなかった分、僕の心は死んでいった。毎日死んだような顔をしていた僕を救ってくれたのが瑠実夏だったんだ。高校3年生の時に同じクラスになったんだけど、不幸ですって顔をしてんじゃないわよ!っていきなり怒られてさ。そりゃあ驚いたさ」

「それは何というか……」

「そんな感じの出会いだったんだ……」


 俺と咲良は驚きで言葉が出てこない。ふと、頭に香澄さんがよぎったが、瑠実夏さんはより一層パワフルなようだ。


「それから何かにつけては僕にかまってきて、仲良くなるまで時間はかからなかったよ」

「最初から柳也さんと仲良くなりたかったんですかね?」

「それは違うと思うなぁ。初めは根暗なやつにちょっかいをかけていただけ……いや、からかっていたって方が適切かも。まぁ、その後もいろいろあって付き合うことになったんだ。もちろんあの男には内緒でね。この時期が人生で1番楽しかったな」


 いろいろの部分が気になって仕方がない。しかし、話の本題はそこではない。なるべく時間をかけて向かっているものの、それにも限界がある。咲良も気になるところをぐっと堪えている。


「この辺りは都会と違ってデートするような場所もないだろ?家の近くには立派な公園はあるけど、櫻田家の後継ぎって顔が割れているから、高校から少し行ったところにある個人経営のカフェが溜まり場だった。今はもうなくなってしまったけど、僕のことを知っているような人たちが来るところではなくて、すごく居心地が良かったんだ」

「じゃあ、一緒に下校はしなかったんだ?制服デートみたいなことも」

「それは憧れだったね。今からできるもんじゃないし」


 柳也さんが照れくさそうに笑った。

 咲良、もしかして制服デートに興味があるのか?高校の時に呪詛のように聞こえたその単語も咲良の口から出れば祝福のように聞こえる。実家のクローゼットの中には、学ランが大切にしまってある。大学生カップルがお互いに高校の制服を着てデートをすることがあると雑誌で読んだこともある。俺はいつでも準備ができるぞ!まだ付き合ってないけど。


「でも、1回だけ。1回だけ瑠実夏が俺を送ってくれたことがあったんだよ。正確に言うと瑠実夏のお母さんがね。だから、制服デートなんて甘酸っぱい下校ではなかったかな。その日は、記録的な豪雨で学校も途中で終わったんだ。堤防が決壊しそうとかそんな理由だったと思う。それが急に決まったもんだから麗子さんも迎えに来れなくてさ。図書室で時間を潰そうと思ったんだが、見かねた瑠実夏が親の車に乗って行けって腕を引っ張られたんだ。実際、夜までには学校の周りが池みたいになってしまったから、今でも感謝しているんだけど」


 その豪雨のことは俺も知っている。超大型台風によってもたらされたそれは、記録的な被害をもたらしたため連日テレビで報道されていた。当時の俺はそれが原因で、楽しみにしていたアニメの放送が中止になったことで泣いてしまったのだけれど。それが記憶に残ってセットで覚えている。


 肝心な被害はと言うと、俺の住む町は田んぼが水浸しになってしまって農家の被害が大きかったが、住家に対する被害はほとんどなかった。それに対して、今いるこの町は堤防が決壊したこともあって住家の被害が甚大だった。元々湿地だったこの土地は水捌けも悪く、溜まった水がなくなるまで時間を要した。柳也さんも瑠実夏さんに連れ出されなければ、救助を待つしかなかったはずだ。


「瑠実夏のお母さんも瑠実夏と良く似て、明るい人でね。車内はそれはそれは賑やかだったよ。いつから?とか出身は?とかどこが良かったの?とか。でも、それは俺の家に着くまでの話だった」

「瑠実夏さんのお母さんは、その家に誰が住んでいるか知っていたんですね」


 俺の問いかけに柳也さんが短く「ああ」と答える。


「瑠実夏のお父さんは、惣一郎のグループ会社の社長だったんだ」


 ため息交じりにの柳也さんの発言に俺たちは息をのむことしかできなかった。

 次回更新は、4月3日(月)の予定です。

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